碧痕1「狐憑き、類、生首」
1 「狐憑き、類、生首」
「私」というものを代表するものは「自由、孤独、思考」のはずであるが、それが「狐憑き、類、生首」である場合、類に矛盾しない範囲で誰とでも入れ代わり、この履歴改竄、器官の延長の断崖の、その延長の末梢に中枢が出現する。その分業のエラー状態に面しての模写発作としての荘厳の、その世俗化は、恐慌、或いはグロテスクである。
小男のM.ハイデガー教授が靴を鳴らし右腕を突き出してハイル・ヒトラーを決めるのは、なんとグロテスクであることか。ナチズムそのものが、「自由、孤独、思考」が選択された場合の神経衰弱を回避し、「狐憑き、類、生首」の選択であるが、ドイツ的なものは、置き換え難さに面して置き換え易さに面するのではなく、置き換え易さに面して置き換え易さに面してしまう。「狐憑き、類、生首」が、麻痺した「自由、孤独、思考」を兼ねてしまう、この、二重の置き換え易さ、自生する(かの如き)置き換え易さが、グロテスクである。多足類の肢が結集して強靭な顎を形成するように消化のための器官の延長の極限が顎に化して口走るハイル・ヒトラーは、被消化のためと区別がつかない。この、「私」というものの切替は「自由、孤独、思考」が選択する口封じではない。ハイデガーが沈黙するのではなく、ハイデガーを黙らせる、生体反応なのである。
ユダヤ人の群に悪疫の如くグロテスクが顕れたために、ナチ党に顕れているグロテスクが度忘れ状態である、というような感染が、ホロコーストや根絶やしに於いては猖獗を極める。
グロテスクはユーモアともイロニーともつかぬ魑魅性であり、「私」というものを代表する(出来事としての)「自由、孤独、思考」のあてど(すなわち「自由、孤独、思考」を脅かすものとして打ち消され疚しさとなって潜伏する媒体性の、その潜伏の効果としてのあてど)が、出来事として「私」というものを代表する、それが「狐憑き、類、生首」である。
「私」というものの切替とは、「狐憑き、類、生首」が出来事になるために出来事としての「自由、孤独、思考」に乗り移ってしまう不随意の転位である。
この不随意の転位がハイデガーを黙らせる、つまり、ハイデガーは化けて出る。ハイデガーを代表しないものがハイデガーを代表する、この魑魅性が嗅ぎつけられてグロテスクなのである。
三島事件のスリルは夢の如くに圧縮された生首であるが、それは蹶起し檄を飛ばす誰とでも入れ代わり、器官の延長の断崖そのものとなって飛ぶのであり、三島の「自由、孤独、思考」としての「私」を脅かすものの潜伏の効果としてのあてどが「狐憑き、類、生首」となって(出来事になって)魑魅性が匂い立つのである。
苦行として天狗が飛行するように、神経衰弱の回避として三島の生首は飛ぶ。饒舌も沈黙も黙らせる生体反応として、その飛行は、優越の衝動というよりも、拠り処・あてどとなって潜伏するはずの大地や空気、内臓がその潜伏の効果を解除されているために、水の底にずっと留まっていたかのように息継ぎのために急浮上するのであり、それは、輪郭を贅肉となって探し索める肥満体が薄すぎる空気に魘される睡眠時無呼吸症の如く、また、重力が揮発していて臓腑も空っぽで、暗い空洞の奥地に石くれを投げ込んでやがて何かにぶつかる音に耳を澄ますように腹を割こうとするが速度が揮発していて力が入らないのである。息継ぎのための急浮上とは、出来事となった大地・空気・内臓が生首となって、獰猛なよろこびに開く顎と天敵におびえる眼が区別できないほどに位置異常を起こした蛇の如く、三島に乗り移るのである。
「これは、本当にワーテルローの戦いなのだろうか」というような懐疑も「ハイデガー博士の実験」(N.Hauthorne) も、こうした狐狸の気配の、地獄を通して瞬間移動したような異郷感の報告であるが、「ハイデガー博士の実験」の場合、「これは、本当に私なのだろうか」といった懐疑に転写される。若(返りの)水の効果とは、逆行ではなく、タイム・スリップするような時間の圧縮である。この衝撃は、「狐憑き、類、生首」が「自由、孤独、思考」に乗り移るように神経衰弱の回避として、軟体動物の如く殻(外延的付加物)を鎧って彷徨う「若さ」が、外延的付加物を取り込んで骨格として頑固に内蔵したはずの「老い」に乗り移るのである。大地や空気、内臓のように骸骨が潜伏する効果が解除されて、老体が薄すぎる空気に身震いしながら息継ぎに急浮上する、そうした生体反応、仙人の飛行である。ハイデガー博士の実験とは、衝動が素材を間に合わせる即興の、その衝動を暗示に置換することである。小さな紙魚をも素材にして祖父の肖像写真を見るべく催眠術にかかるように、皺をも素材にして若々しい張りがみなぎるように暗示をかけ、究極の懐疑と純粋な嫉妬としての時間の圧縮(a life-time crowded into so brief a space) を誘導するのである。
「私」というものを代表するものは「自由、孤独、思考」のはずであるが、それが「狐憑き、類、生首」である場合、類に矛盾しない範囲で誰とでも入れ代わり、この履歴改竄、器官の延長の断崖の、その延長の末梢に中枢が出現する。その分業のエラー状態に面しての模写発作としての荘厳の、その世俗化は、恐慌、或いはグロテスクである。
小男のM.ハイデガー教授が靴を鳴らし右腕を突き出してハイル・ヒトラーを決めるのは、なんとグロテスクであることか。ナチズムそのものが、「自由、孤独、思考」が選択された場合の神経衰弱を回避し、「狐憑き、類、生首」の選択であるが、ドイツ的なものは、置き換え難さに面して置き換え易さに面するのではなく、置き換え易さに面して置き換え易さに面してしまう。「狐憑き、類、生首」が、麻痺した「自由、孤独、思考」を兼ねてしまう、この、二重の置き換え易さ、自生する(かの如き)置き換え易さが、グロテスクである。多足類の肢が結集して強靭な顎を形成するように消化のための器官の延長の極限が顎に化して口走るハイル・ヒトラーは、被消化のためと区別がつかない。この、「私」というものの切替は「自由、孤独、思考」が選択する口封じではない。ハイデガーが沈黙するのではなく、ハイデガーを黙らせる、生体反応なのである。
ユダヤ人の群に悪疫の如くグロテスクが顕れたために、ナチ党に顕れているグロテスクが度忘れ状態である、というような感染が、ホロコーストや根絶やしに於いては猖獗を極める。
グロテスクはユーモアともイロニーともつかぬ魑魅性であり、「私」というものを代表する(出来事としての)「自由、孤独、思考」のあてど(すなわち「自由、孤独、思考」を脅かすものとして打ち消され疚しさとなって潜伏する媒体性の、その潜伏の効果としてのあてど)が、出来事として「私」というものを代表する、それが「狐憑き、類、生首」である。
「私」というものの切替とは、「狐憑き、類、生首」が出来事になるために出来事としての「自由、孤独、思考」に乗り移ってしまう不随意の転位である。
この不随意の転位がハイデガーを黙らせる、つまり、ハイデガーは化けて出る。ハイデガーを代表しないものがハイデガーを代表する、この魑魅性が嗅ぎつけられてグロテスクなのである。
三島事件のスリルは夢の如くに圧縮された生首であるが、それは蹶起し檄を飛ばす誰とでも入れ代わり、器官の延長の断崖そのものとなって飛ぶのであり、三島の「自由、孤独、思考」としての「私」を脅かすものの潜伏の効果としてのあてどが「狐憑き、類、生首」となって(出来事になって)魑魅性が匂い立つのである。
苦行として天狗が飛行するように、神経衰弱の回避として三島の生首は飛ぶ。饒舌も沈黙も黙らせる生体反応として、その飛行は、優越の衝動というよりも、拠り処・あてどとなって潜伏するはずの大地や空気、内臓がその潜伏の効果を解除されているために、水の底にずっと留まっていたかのように息継ぎのために急浮上するのであり、それは、輪郭を贅肉となって探し索める肥満体が薄すぎる空気に魘される睡眠時無呼吸症の如く、また、重力が揮発していて臓腑も空っぽで、暗い空洞の奥地に石くれを投げ込んでやがて何かにぶつかる音に耳を澄ますように腹を割こうとするが速度が揮発していて力が入らないのである。息継ぎのための急浮上とは、出来事となった大地・空気・内臓が生首となって、獰猛なよろこびに開く顎と天敵におびえる眼が区別できないほどに位置異常を起こした蛇の如く、三島に乗り移るのである。
「これは、本当にワーテルローの戦いなのだろうか」というような懐疑も「ハイデガー博士の実験」(N.Hauthorne) も、こうした狐狸の気配の、地獄を通して瞬間移動したような異郷感の報告であるが、「ハイデガー博士の実験」の場合、「これは、本当に私なのだろうか」といった懐疑に転写される。若(返りの)水の効果とは、逆行ではなく、タイム・スリップするような時間の圧縮である。この衝撃は、「狐憑き、類、生首」が「自由、孤独、思考」に乗り移るように神経衰弱の回避として、軟体動物の如く殻(外延的付加物)を鎧って彷徨う「若さ」が、外延的付加物を取り込んで骨格として頑固に内蔵したはずの「老い」に乗り移るのである。大地や空気、内臓のように骸骨が潜伏する効果が解除されて、老体が薄すぎる空気に身震いしながら息継ぎに急浮上する、そうした生体反応、仙人の飛行である。ハイデガー博士の実験とは、衝動が素材を間に合わせる即興の、その衝動を暗示に置換することである。小さな紙魚をも素材にして祖父の肖像写真を見るべく催眠術にかかるように、皺をも素材にして若々しい張りがみなぎるように暗示をかけ、究極の懐疑と純粋な嫉妬としての時間の圧縮(a life-time crowded into so brief a space) を誘導するのである。


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