Saturday, November 06, 2010

碧痕30 紅楼夢

30 紅楼夢
 「野菊の墓」(伊藤左千夫)は、「紅楼夢」的な霊異、野菊の姿をした仙女に水をやって慈しんでいた対いの片割れが人の世にあこがれて下生したのを追って仙女も人に投胎し、涙を以て慈しみに報いる、というふうに引き裂かれる。タミコは追って下生したはずなのにマサオの投胎に二年も先立ってしまっていたのである。この齟齬は些細なくるいではなく、引き裂かれることに向かって決定的な口実になる。一つ年上の女房なら金の草鞋を履いて、鉦太鼓を鳴らしてでも探せというのに、二つでは加速して遠ざかる斥力が及ぶのである。身震いするほど好きな野菊と竜胆をズーム・アップして来た覗き穴がいつの間にか盗まれていて、遠いというだけで見えなかったものが見えるようになったのに、実は追い越してしまっていて、俄に逼る碧い淵から手を伸ばして縋ろうとすると見る間に身体が沈むように縮小して届かなくなるのである。
 しかしこれは、漠としてくすぶる衝動(紅楼夢)の通り、首都そのものに膨れ上がったように巨大なホテルの、或る部屋をずっと探し回っているが、部屋の番号が分かっているのではなく、しかしその番号を見れば探している番号がああこれだと(思いがけなく)はっきり分かる、そうした予期に貫ぬかれている。

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