Friday, December 10, 2010

碧痕36 憤るようにズーム・アップし続ける

36 憤るようにズーム・アップし続ける  太宰は、弘前城で振り返ったとき眼下にうずくまっている町並みを隠沼を以て抽象しているが、石坂洋次郎は、同じ町並みを次の如く報告している。  「やなぎ座から南へ上がった道路は、そのまま伸びていって二つの大きな部落に通じていたので、朝や夕方のひとときには、百姓や馬や荷車の往来で賑わい、所々の煮売茶屋からコップ酒に酔った百姓達の唄声が聞えることもあったが、町の中心地へ出るにはやなぎ座まで下らないうちに右へ折れた道路を通るので、その賑わいは途中でかき消されてしまっていた。  北へ下がると、五六町ばかりで、濠が深く松が古いお城址の公園につき当る。東側には空地の多い屋敷町を控え、西側は家々のすぐ裏が削ったような崖になって居り、崖下からひろい水田が展けて、その中に下町の全景が手に取るように浮び上っていた」  やなぎ座からお城址までの界隈は、一年中澱んだ泥沼のようにひっそりした頽廃の空気の中に沈んでいて、此処を通って何処へ行くといった道筋ではなく、稀に、寺詣りやお葬いに出かけた人々が、気紛れにまわり道をするぐらいのものであるが、町には店屋が多く、魚屋、米屋、皮屋、焼芋屋、仕立屋、昆布屋、駄菓子屋等に混じって、昼間は明りとりのために蔀戸を半分開けて置くが品物は一つも並べてない店屋も二三軒、そんな家の主人は、夜になると遊郭に働きに出たり、夜鷹そばを商ったりしている。こうした店屋の間に挟まって、ところどころ、格子戸を打ったしもた家や、板塀をめぐらした小綺麗な平家などもあって、そんな家にはお妾や芸妓が住んでいるか、さもなければ娘に水商売をさせてその仕送りで暮している老人夫婦が住んでいた。そうした家々が、四五町の間、襤褸布を継ぎ合せたようにヒシヒシ立ち並んでいる町の、その一番南寄りの角がやなぎ座で、もとは藩公のお声がかりで、町民に上方風の礼儀作法をしつける目的で建てられたものだというが、正面と北側に頑丈な黒塀板をめぐらし、その上から窓の少ない陰気な建物の一部を覗かせ、まるで巨大な蝙蝠が羽をひろげたように見えた」  隠沼が一隅に忽然と現れるのは宙に浮いた目を通して大気が寂漠に変わってしまうのであるが、やなぎ座の蝙蝠の目は隠沼をとらえる猛禽類の目というよりは、そのズーム・アップし続ける拡大の果てに、覗き穴が盗まれるのではなく、虚像に襲われてしまう。  旧正月にやなぎ座に芝居がかかる時は、屋根の天辺の櫓から触れ太鼓が響く。吹雪の音にまじってトコトン、トコトン・・・「風が強くなり、巻き上げられた粉雪が雨戸や硝子戸にサワサワと吹き当り、電信柱がコーン、コーンと唸り出すようになると、太鼓の音は遠くに浚われたようにかすかになり、もうこれで打ち上げたのかと思っていると、少し鎮まりかけた吹雪の虚を衝いて、トコトコトコトコ・・・という急調子の撥音が挑むように膨れ上って来る。そして何時の間にかそれがまたトコトン、トコトンというのんびりした打ち方に変っている」  それは、狸囃じみているが、この狸太鼓に引き寄せられて子供たちは忽然と、雷に打たれたように居合わせ、かつ引き裂かれるだけではない。挑むように、憤るようにズーム・アップし続けるものは、やなぎ座の奥地に、拡大の果てに、くろうと綾葉の金歯、立女形の東京言葉、目も鼻も崩れたもうじき死ぬ女の顔、爺様の目腐れ顔、女のくせに陰茎のある花子、うっすら火傷の痕が広がったトミの頬にできる靨、といった「不正と背徳」が膨れ上がってうずくまる。  それは解なのか。解であるにしても虚数なのか。虚数であるにしても自生する如く虚の気配を消して、このズーム・アップは鬱勃としている。肘から下のないきりょうよしの淫売婦げん(「風俗」石坂)に続く負の系列であれどんな系列であれ虚の気配が消されていても解のどれ一つとして自律してはいないし自由でもない、そのことが覚醒しないように他の誰かの身体に欠如・過剰・両属性(不正)が顕れ、虚の気配が消されて保存されるのであるが、そのような度忘れ状態に於いて、打ち消された覚醒は未知の土地のように膨れ上がって脅かしかけるのである。  イサクを連れたアブラハムの沈黙の旅の、その、挑むように、憤るようにズーム・アップし続ける拡大の果てに、覗き穴が盗まれるのではなく、「生贄であること」がイサクに顕れたために度忘れ状態になって、打ち消された覚醒が膨れ上がって襲いかかる、そうした虚像のもう一つの感染症状として、「不正と背徳」は顕れている。

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