碧痕44 二百十日へ
44 二百十日へ
言葉は使われる(役に立つ)限りで、従って区別される限りで、意味があ(生)る。差し当たって意味は私的であるので、その特殊性の目じるしとしても言葉は使われ得るが、不発にならないように様々な劇化がほどこされる。余白(省略、簡潔)、集中(反復、増幅)、逸脱など、均されないように、熱平衡を脱する差別の工夫である。尤も、逸脱が普通であるような環境では奇に抗することこそが平凡に抗することになる。
「敵艦見ゆ・・・」の受電に接して、バルチック艦隊との決戦を鼓舞し、作戦参謀秋山真之が電文につけ加えた、本日天気晴朗ナレドモ波高シ は、簡潔・透明であるが、夢のように韜晦している。戦時的・号令的環境にしては回路が膨らみ過ぎている、しかしそれは、ドンぴしゃに響いた。大本営や前線だけでなく、背後本土の尋常の国民にもドンぴしゃに響いた。
それは、ソメイヨシノのように日本の津々浦々に、昭和の時代まで普及して回路は痩せ細るが、なおも沸騰のなごりがあった。マイクとスピーカーの試験は、ホンジツハセイテンナリ というものだと子供たちはカマキリやキリギリスの形のように面白がった。紅白に分かれても源平の合戦の味わいなど微塵もなかったが、「本日天気晴朗・・・」はなおも熱平衡をまぬがれて昆虫の如くひちつき、スズメの如く躍った。
日本哨戒線をかいくぐってバルチック艦隊は暗夜、濃霧のシナ海を北上し、五月二十七日早朝には二〇三地点と呼ばれる哨戒区域に既に達していた。哨艦信濃丸が三檣二煙突の大汽船を発見した時、信濃丸は二列梯陣の体形で蜒々と連なる大艦隊のど真ん中に入り込んでいたのである。バルチック艦隊は津軽海峡から現れるのか、朝鮮海峡から現れるのか、連合艦隊主力は朝鮮半島南部鎮海湾に密かに集結していたので、敵艦隊の性能から二十七日正午までに出現しなければ初っ端から振り回されることになる。しかしついに、待ち侘びていた大艦隊の影を暗い海上に目撃したのである。
先ず敵艦隊の異観に接触した巡洋艦和泉は、肉眼でも陣形や艦型が判別できるほどの近距離で並航しつつ明細に情報を打電する。
どれもこれも夢じみている。この現実を(その形式(潜在内容)がしかも意味であるようにして)現実以上のものにし、出現すると同時に潜伏するものがまた、「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」の回路を増幅するのである。
神経衰弱にかかっている日本が目撃した、暗い海上を迫り来る大艦隊の影、それは、覗き穴を盗まれて誘導されている被監視状態の日本が覗き穴を回復した瞬間の、露国艦隊以上の勢力の輪郭であり、この秘密な瞬間の、この二重の代表(表情)は、虚構、序列を以てする歴史的到達にして、日本を包囲する拡張衝動の一つの解でもある。操られている被監視状態の、その濃霧の一角が忽如として散ずる、その私的瞬間こそは、「本日天気晴朗」であり、麻痺していた距離感の回復によって「ナレドモ波高シ」を含む武者震いなのである。
顔も知らない吉良上野介を探して闇の中、次々と襖を開け放っていく赤穂浪士を待っていた私的瞬間に、これは酷似している。その秘密な瞬間は、上野介の生首を以て満たされることを疑っている。その生首以上に重い生首の、この秘密な瞬間から誰も生還しないために、くりかえし遡って別の範疇、別の序列を以て到達・保存しようとして、この事件は拡張し続けている。
漱石は、第六号潜水艇の沈没と艇員士卒の全滅、その経過を、鼓膜を破裂させそうなほどに高まる水圧と刻々の呼吸困難に耐えつつ記録した佐久間艇長の遺書に接して、その殉難、犠牲を「不可思議の行為」となし、そのモラルの煥発を(当時の自然派なら本能の優越の証左として扱いそうな、英国での同様の潜航艇の遭難に於いて、乗組員が先を争うように水明かりの洩れる窓の下に折り重なって死んでいた、という事件を伝えつつ)本能の煥発と対比している。
鴎外が「阿部一族」「堺事件」「最後の一句」などで迫ろうとしたように「異常心理」と呼ぶだろう、こうした犠牲のモラルは、保存の衝動と矛盾しているかに見えるが、保存の衝動は本能のその媒体性が鎧う擬態であり、つまり、むしろ、本能の(生贄であることの)煥発に、このモラルの煥発は倣っているかに見えるのだが、実は保存の衝動の一つの解として発露しているのである。
対比されている、犠牲のモラルの煥発と保存の本能の煥発は、衝動としての嘘とモラルとしての正直がそうであるように、擬態(の霊)の気配を消した保存の衝動の解の正と負の組合わせである。擬態の気配を消している限り、どちらの発露にも神経衰弱はかかっていない。擬態の気配の、その二重性が犠牲と保存とに分割されているのである。しかし、「不可思議」の行為「異常」心理を以て発作的に模写する生体反応は、擬態の気配が消せぬままに(擬態に打ち消されて疚しさとなって潜伏している)生贄であることが祟り返した神経衰弱であって、犠牲と保存との分割を以て仮そめに鎮められてはいない。
日露戦争前後の日本の被監視状態は、方解して、大逆事件の幸徳秋水の被監視状態に収束する。それは、明治天皇の被監視状態が全滅を代表する乃木大将に収束することのparaphraseである。
全滅を代表する佐久間艇長の銅像が夜泣きする、といううわさが漂ったように、狐憑き状態に面して不可思議、異常を以て反応していた人々は、銅像が代表するような極端を銅像に閉じ込めて追放し、嗚咽を以て浄化し、しかもその嗚咽を銅像に転移して修飾する。危機に面して蜥蜴の尻尾が蜥蜴を代表すると同時に代表しないために切り離される、そのようにして、犠牲のモラルがかかった「私」から身体が切り離されるように、擬態の気配が消えた保存の衝動がかりの人々は犠牲のモラルを切り離したのである。
2010年、小惑星イトカワから帰還したカプセルのなかに地球外の粒子が採取されていたということで、ひとしきり人々は興奮している。これは、何億キロかをズーム・アップし、更には何十億年かを遡上して覗き見る興奮であり、分業を含めて器官を延長する興奮である。日露戦争の、旅順攻略、奉天会戦勝利、バルチック艦隊撃滅に沸騰した感激も、こうした器官を極度に延長する興奮であるが、この器官の延長も、蜥蜴の尻尾のように切り離される。膨張していた力が一気に収縮する、この切断は、犠牲のモラルを切り離すことでもあり、ポーツマス講和以後の人々の怒りは、実は、秘密なこの切断の潜伏である。全滅そのものである乃木大将の、その最期は遅れて来たが、そのスロー・モーションの極に於いて、その静止画像は、切り離された犠牲のモラルの、その生首であり、そこには、明治の被監視状態が夢のように韜晦している。
こうした生首は、銅像や鳥居の内に閉じ込められても、いつまでもおとなしくはしていない。
言葉は使われる(役に立つ)限りで、従って区別される限りで、意味があ(生)る。差し当たって意味は私的であるので、その特殊性の目じるしとしても言葉は使われ得るが、不発にならないように様々な劇化がほどこされる。余白(省略、簡潔)、集中(反復、増幅)、逸脱など、均されないように、熱平衡を脱する差別の工夫である。尤も、逸脱が普通であるような環境では奇に抗することこそが平凡に抗することになる。
「敵艦見ゆ・・・」の受電に接して、バルチック艦隊との決戦を鼓舞し、作戦参謀秋山真之が電文につけ加えた、本日天気晴朗ナレドモ波高シ は、簡潔・透明であるが、夢のように韜晦している。戦時的・号令的環境にしては回路が膨らみ過ぎている、しかしそれは、ドンぴしゃに響いた。大本営や前線だけでなく、背後本土の尋常の国民にもドンぴしゃに響いた。
それは、ソメイヨシノのように日本の津々浦々に、昭和の時代まで普及して回路は痩せ細るが、なおも沸騰のなごりがあった。マイクとスピーカーの試験は、ホンジツハセイテンナリ というものだと子供たちはカマキリやキリギリスの形のように面白がった。紅白に分かれても源平の合戦の味わいなど微塵もなかったが、「本日天気晴朗・・・」はなおも熱平衡をまぬがれて昆虫の如くひちつき、スズメの如く躍った。
日本哨戒線をかいくぐってバルチック艦隊は暗夜、濃霧のシナ海を北上し、五月二十七日早朝には二〇三地点と呼ばれる哨戒区域に既に達していた。哨艦信濃丸が三檣二煙突の大汽船を発見した時、信濃丸は二列梯陣の体形で蜒々と連なる大艦隊のど真ん中に入り込んでいたのである。バルチック艦隊は津軽海峡から現れるのか、朝鮮海峡から現れるのか、連合艦隊主力は朝鮮半島南部鎮海湾に密かに集結していたので、敵艦隊の性能から二十七日正午までに出現しなければ初っ端から振り回されることになる。しかしついに、待ち侘びていた大艦隊の影を暗い海上に目撃したのである。
先ず敵艦隊の異観に接触した巡洋艦和泉は、肉眼でも陣形や艦型が判別できるほどの近距離で並航しつつ明細に情報を打電する。
どれもこれも夢じみている。この現実を(その形式(潜在内容)がしかも意味であるようにして)現実以上のものにし、出現すると同時に潜伏するものがまた、「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」の回路を増幅するのである。
神経衰弱にかかっている日本が目撃した、暗い海上を迫り来る大艦隊の影、それは、覗き穴を盗まれて誘導されている被監視状態の日本が覗き穴を回復した瞬間の、露国艦隊以上の勢力の輪郭であり、この秘密な瞬間の、この二重の代表(表情)は、虚構、序列を以てする歴史的到達にして、日本を包囲する拡張衝動の一つの解でもある。操られている被監視状態の、その濃霧の一角が忽如として散ずる、その私的瞬間こそは、「本日天気晴朗」であり、麻痺していた距離感の回復によって「ナレドモ波高シ」を含む武者震いなのである。
顔も知らない吉良上野介を探して闇の中、次々と襖を開け放っていく赤穂浪士を待っていた私的瞬間に、これは酷似している。その秘密な瞬間は、上野介の生首を以て満たされることを疑っている。その生首以上に重い生首の、この秘密な瞬間から誰も生還しないために、くりかえし遡って別の範疇、別の序列を以て到達・保存しようとして、この事件は拡張し続けている。
漱石は、第六号潜水艇の沈没と艇員士卒の全滅、その経過を、鼓膜を破裂させそうなほどに高まる水圧と刻々の呼吸困難に耐えつつ記録した佐久間艇長の遺書に接して、その殉難、犠牲を「不可思議の行為」となし、そのモラルの煥発を(当時の自然派なら本能の優越の証左として扱いそうな、英国での同様の潜航艇の遭難に於いて、乗組員が先を争うように水明かりの洩れる窓の下に折り重なって死んでいた、という事件を伝えつつ)本能の煥発と対比している。
鴎外が「阿部一族」「堺事件」「最後の一句」などで迫ろうとしたように「異常心理」と呼ぶだろう、こうした犠牲のモラルは、保存の衝動と矛盾しているかに見えるが、保存の衝動は本能のその媒体性が鎧う擬態であり、つまり、むしろ、本能の(生贄であることの)煥発に、このモラルの煥発は倣っているかに見えるのだが、実は保存の衝動の一つの解として発露しているのである。
対比されている、犠牲のモラルの煥発と保存の本能の煥発は、衝動としての嘘とモラルとしての正直がそうであるように、擬態(の霊)の気配を消した保存の衝動の解の正と負の組合わせである。擬態の気配を消している限り、どちらの発露にも神経衰弱はかかっていない。擬態の気配の、その二重性が犠牲と保存とに分割されているのである。しかし、「不可思議」の行為「異常」心理を以て発作的に模写する生体反応は、擬態の気配が消せぬままに(擬態に打ち消されて疚しさとなって潜伏している)生贄であることが祟り返した神経衰弱であって、犠牲と保存との分割を以て仮そめに鎮められてはいない。
日露戦争前後の日本の被監視状態は、方解して、大逆事件の幸徳秋水の被監視状態に収束する。それは、明治天皇の被監視状態が全滅を代表する乃木大将に収束することのparaphraseである。
全滅を代表する佐久間艇長の銅像が夜泣きする、といううわさが漂ったように、狐憑き状態に面して不可思議、異常を以て反応していた人々は、銅像が代表するような極端を銅像に閉じ込めて追放し、嗚咽を以て浄化し、しかもその嗚咽を銅像に転移して修飾する。危機に面して蜥蜴の尻尾が蜥蜴を代表すると同時に代表しないために切り離される、そのようにして、犠牲のモラルがかかった「私」から身体が切り離されるように、擬態の気配が消えた保存の衝動がかりの人々は犠牲のモラルを切り離したのである。
2010年、小惑星イトカワから帰還したカプセルのなかに地球外の粒子が採取されていたということで、ひとしきり人々は興奮している。これは、何億キロかをズーム・アップし、更には何十億年かを遡上して覗き見る興奮であり、分業を含めて器官を延長する興奮である。日露戦争の、旅順攻略、奉天会戦勝利、バルチック艦隊撃滅に沸騰した感激も、こうした器官を極度に延長する興奮であるが、この器官の延長も、蜥蜴の尻尾のように切り離される。膨張していた力が一気に収縮する、この切断は、犠牲のモラルを切り離すことでもあり、ポーツマス講和以後の人々の怒りは、実は、秘密なこの切断の潜伏である。全滅そのものである乃木大将の、その最期は遅れて来たが、そのスロー・モーションの極に於いて、その静止画像は、切り離された犠牲のモラルの、その生首であり、そこには、明治の被監視状態が夢のように韜晦している。
こうした生首は、銅像や鳥居の内に閉じ込められても、いつまでもおとなしくはしていない。


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