碧痕54 アイシンギョロ
54 アイシンギョロ
伊藤野枝、神近市子、波多野秋子などの名前を耳にすると、帝銀事件、下山事件などのように、ぞっとすることがある。市ケ谷駐屯地の事件のあった晩秋の日は穏やかだったが、ヘリコプターの音が絶えず耳の底から湧き上がって来る。愛新覚羅の名を聞いてもぞっとするが、満州語でアイシンギョロ ギョッとしたのはひとりではない。その証拠に、イチョウの黄葉が気配を立てて落ちる。
愛新覚羅、愛染カツラ、ノウゼンカズラ、と唇や舌にのせてみる。
夫が戦死したことになっている百姓女のもとへ兵隊が通って来る。つるみながら「どこかの国のどこかの村でむかし」あんたとつるんでいたと女がもらすのは前世の記憶ではなく、「本源」が蛇の如く延びて来て誰とでも入れ替わるのである。気が触れて戻って来た隣の女がひたすら交合を挑むのにどうにも我慢が出来なくなった信用金庫職員が伊豆半島の月の夜にその女体の上にのしかかっているといつの間にかのしかかっているのが祖父に入れ替わっていてギョッとする。(「美しい夏 キリシマ」「祭りの準備」(黒木和雄))
伊藤野枝、神近市子、波多野秋子などの名前を耳にすると、帝銀事件、下山事件などのように、ぞっとすることがある。市ケ谷駐屯地の事件のあった晩秋の日は穏やかだったが、ヘリコプターの音が絶えず耳の底から湧き上がって来る。愛新覚羅の名を聞いてもぞっとするが、満州語でアイシンギョロ ギョッとしたのはひとりではない。その証拠に、イチョウの黄葉が気配を立てて落ちる。
愛新覚羅、愛染カツラ、ノウゼンカズラ、と唇や舌にのせてみる。
夫が戦死したことになっている百姓女のもとへ兵隊が通って来る。つるみながら「どこかの国のどこかの村でむかし」あんたとつるんでいたと女がもらすのは前世の記憶ではなく、「本源」が蛇の如く延びて来て誰とでも入れ替わるのである。気が触れて戻って来た隣の女がひたすら交合を挑むのにどうにも我慢が出来なくなった信用金庫職員が伊豆半島の月の夜にその女体の上にのしかかっているといつの間にかのしかかっているのが祖父に入れ替わっていてギョッとする。(「美しい夏 キリシマ」「祭りの準備」(黒木和雄))


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