Monday, May 23, 2011

碧痕72 スリルの放射

72 スリルの放射
 藁すべ一本落ちてる(尾崎放哉)
 拾い物は、影に変脱することを通して、鬼の落とし物に変わる。それは、導く。
 放哉が拾い上げる片隅は、大視症に於いて拡大され、救い取られるのであるが、影に変脱すること、その逆転・反転を通して、目がみひらくのである。
 霜朝犬がくわえて来たもの(同)
 所在不明の手紙がこっそり戻って来て居る(同)
 落葉ふんで来る音が犬であった(同)
 和尚の不自由な足が夜中の廊下で起きとる(同)
 暗がり砂糖をなめたわが舌のよろこび(同)
 小さな人形に小さなかげがある(同)
 何かはいっていそうな壷だ(同)
 箱の中のものを忘れていた(同)
 いつ折ったのか本のページ(同)
 こうした細部の発見、片隅の救済は、畳の目に零れたもの、潜伏したものの浮上が強迫的に、つまり、催眠術にかかっているように、導かれて続く。
 くらまぎれから犬が出て来た(同)
 落葉掃いて居る犬に嗅がれる(同)
 犬に覗かれた低い窓である(同)
 というように、何げなく振り返るかの如く導く。意味深くないものはない。
 海が凪いでいる村の呉服屋(同)
 そろはぬ火ばしの儘で六月になった(同)
 土塀に突っかい棒をしてオルガンひいている学校(同)
 いつもしめてある門の前を通る(同)
 洗ったテーブルかけのうすいしみ跡(同)
 硯の水がちんまり澄んで居た(同)
 山の匂い嗅ぎ行く犬の如く(同)実は、犬は山に嗅がれていて、細部や片隅を追究するようでいて、実は、繋がれてはいないがどこからともなく犬がつきまとう如く、細部や片隅に嗅がれ、覗かれ、追跡されているのである。風の落ちぎわの犬の顔(同)は、そのままその実体が影に変脱して、その眼耳鼻舌は眼耳鼻舌以上のものである。その鼻口部は鼻口部以上のスリルを放射している。
 妻の下駄に足を入れて見る(同)
 貫く電流は、こうしたスリルの放射である。同じようにして、身体を居場所に入れて見る。
 太い桐の幹だけ見えて待たされて居る(同)
 そのようにして、導かれて居るのである。

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