Thursday, May 26, 2011

碧痕73 the haunted mind

73 the haunted mind
 強迫的に同じような場所に出てしまう、つまり催眠術にかかっているみたいに導かれる、居場所、尾崎放哉の場合のように、極端に私的な細部や片隅に繰り返し導かれるのは、遁世したからではない。遁世は、そうした居場所の世俗化に過ぎない。それは、忍者の気配を絶つ習性に似ている。気配を絶つことは、忍者であることや技に先立つ。ゾルゲの、離脱することを以て属する性癖も、スパイであることに先立つ居場所である。
 自分の母が死んでいたことを思ひ出した(尾崎放哉)
 それは、繰り返し喉元迄上り詰めて来ては途切れていた思い(がけない思い)で、それが閃きであるのは、ゴーストがかかっているからであるが、遺影に潜むように感じられる気配ではなく、その思いを拘束、制限しながら新しさを約束している気配、つまり、思ひ出すことに於いて、自由と孤独をおびやかす呼び声に連れ戻されているのである。俄然閃き俄然影に変脱するのは、この呼び声であり、そうか母はもういないのか、といった思いではない。ましてや、母がいませしむかしが長目の効果に包まれる、といった距離感の失効(まだ昔が終わっていない気配に被曝すること)ではない。
 ここでは、呼び声と居場所とに、二重に呼び出しをくらっている。催眠術にかかっている犬のように振り返ること、思ひ出すことが鎧っている自由と孤独が俄然ほどけること、つまり、呼び声が、極端に私的な細部や片隅の標本として「こっそり」採取されているのである。

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