Friday, July 15, 2011

碧痕86 新しい天体の影響

86 新しい天体の影響
 緑の少女の船首像がもたらした数々の災禍の概略を叙述し、モデルとなった少女自らが魔女狩りに遇った災禍をも含めて丹念に年を追って列挙するとき、オスカルは熱病に頗る浮かされている。
 その船首像は、本当の持主の接近に感応して光り出したいのにそうはならないので、次々と襲いかかる破滅に乗じて船を移り変わるというふうだ。本当の肉体に感応して光り出したいのにそうはならない魂が、死滅を凌いで肉体を移り変わる如くである。
 肉体こそが魂の持主であること、このことは履歴改竄の気配からは出て来ない。オスカルは、誰とでも入れ替わる半解脱とは別の気配に罹って(オスカルにしてみれば新しい天体の影響で)熱を出したのである。
 密通として示現した微細な光景(「ポーランド人の国」)を歴史化する二つの技術、それが、写真術と告解聴聞であるが、そのような技術で緑の少女の船首像は浮かび上がって来たのではない。オスカルの母の肉体に感応して光り出すことのなかった魂を、漠として緑の少女の船首像にオスカルが嗅ぎつけたのは、足元へいくほど細くなるオスカルの母の棺桶の抽象でも、噴火口の如き生殖器が転移し、放浪し、ヘルベルト・トルツィンスキーの背中の傷痕に変装したりする半抽象でもなく、呆気にとられるように置き換え易いものの列挙から法則を導く技術のエラー、すなわち神経衰弱(新しい天体の影響)である。
 琥珀色の眼をしてまだ見ぬ標的に向かって乳房を突き出した緑の少女の船首像の、その実在のモデルが呆気にとられるような唐突さで魔女裁判にかけられ、呆気なく火で処分されることの、置き換え易さと置き換え難さの葛藤が、この船首像ニオベーを貫いて光り出したのは、ニオベーが移り変わる魂の本当の持主にして、しかもニオベーは本当の持主に感応しようとして移り変わる魂の隠喩だからである。
 昔々マインという喇叭奏者がいた、昔々時計屋がいてラウプシャートといった、昔々玩具屋ジーギスムント・マルクスがいた、昔々ブリキの太鼓奏者オスカルがいた、といった叙述と反復は決して写真術ではなく、音楽家マインに擦り寄る四匹の猫、その一匹はビスマルクと呼ばれていたが、その四匹の猫が呆気にとられるような唐突さで呆気なくマインに火掻き棒で叩き殺されたような、魂の呆気にとられるような移り変わりの気配に罹って、耐え難い置き換え易さを前触れる。
 擬態が解けて日常性が宙に浮いたのでもなく、履歴改竄の軽やかさでもなく、呆気にとられるような耐え難い軽さを鎮めるために、呪文のように連祷のように前触れるのである。
 ファウスト博士の知恵熱は、「真理」で耐え難い軽さを鎮めようとするが、それは地上のものが寿命を(幻ではないことを)鎧うことであるから死滅と引き換えになる。ファウスト博士の肉体では魂は光り出さない。ファウスト博士は魂を引き渡すのではなく、単に魂は移り変わるのであり、その限りで地上のものは擬態として「真理」を鎧うのであり、耐え難い軽さを鎮めるはずの「真理」そのものが、耐え難く軽い。これは、オスカルが罹った知恵熱でもある。

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