碧痕89 「ポーランド人の国」の、もう一つの解 碧痕90 fugue
89 「ポーランド人の国」の、もう一つの解
神通としての密通、それは、何か階段を降りて来るような、しかし階上にいってあちこち開け回っても覗き込んでもどこにも何もいない、或いは、白長須鯨が海面に躍った、或いは、蔓植物に巻きつかれた部族の移動がのしかかって来る、というような気配に被曝することの拉致、凌辱、覗き穴どころか自由、孤独、思考、履歴丸ごと盗まれることである。かつてオスカルの歌がショーウィンドーに手が入るほどの丸い穴を刳り貫いて仕掛けた誘惑にかかって、ヤン・ブロンスキーや裁判官がまるで人形振りで首飾りを盗み出し、世俗の密通や審判を窃盗として証明することになる、そのようにして、ブリキの太鼓が前触れていた半抽象の「ポーランド人の国」の秘密が、マリーアや沸騰散に導かれた悪徳を素材にして、もう一つの解を出したのである。 90 fugue オスカルの失踪は、侏儒ベブラやイタリア生まれの侏儒にして夢遊病のロスヴィータ・ラグーナに誘惑されたのではなく、犬になって行方知れないヴィクトル・ヴェルーンの、その覗き穴を尋ね、取り戻すための遍歴である。そのために極度の近視にはなれないが、オスカルネッロ・ラグーナを名乗り、もう一つの発芽オスカル・ブロンスキーと入れ替わる。この失踪は、地下貯蔵室に転落して成長の中断を身につけたように、fugue(夢遊的失踪)の記憶喪失を身につける。成長の中断が時間の極度の拡大であるように、記憶の喪失も極端なスロー・モーションを羽織る。極端に私的な出来事は公的になろうとして拡大され、詠嘆され、それは、ブリキの太鼓を奏することの効果の一つであるが、ロスヴィータ・ラグーナが寸詰まりとはいえ天女の如く19歳にも99歳にも見えるのは、この効果に包まれているのではなく、不易で何か一貫したものの崩壊が極端なスロー・モーションを羽織っているからである。それは、呆気にとられるようなガラスの破砕を以てオスカル(の隠喩の衝動)が歌い上げずにはいられなかった脆さの、もう一つの示現である。 「町は以前と同じく無傷のまま、中世の面影を漂わせ、時間ごとに、いろいろの高さの教会の塔の、いろいろの大きさの鐘で、やかましい音を立てていた。」 44年06月11日、オスカル・ブロンスキーの息子の三回目の誕生日の前日にオスカルは故郷の町に到着したのであるが、実はそれは、失踪の終息というよりは失踪の圧縮なのである。極端なスロー・モーションを羽織って寄せては返すもう一つの海の如く不易の姿を現わしたダンツィヒ市の日常は、1944年にも1949年にも見え、盤石なのではなく宙に浮いており、この、中世の鐘の音が今漸く届いたような被曝の気配が、漂う「中世の面影」と区別がつかない。この、何でもない落下は、シュトック塔や、極度の近視の犬となって姿を晦ましていたヴィクトル・ヴェルーンが、合流して来たのである。この合流は失踪そのものである。オスカルの遍歴の、その拡張は、オスカルの祖母の四枚重ねのスカートの中をエウロペ(Europe)そのものに拡大転写したのであり、このことにオスカル(の隠喩の衝動)が到達・保存する、それが祖母アンナのスカートのように裾を広げた「エッフェル塔」である。
神通としての密通、それは、何か階段を降りて来るような、しかし階上にいってあちこち開け回っても覗き込んでもどこにも何もいない、或いは、白長須鯨が海面に躍った、或いは、蔓植物に巻きつかれた部族の移動がのしかかって来る、というような気配に被曝することの拉致、凌辱、覗き穴どころか自由、孤独、思考、履歴丸ごと盗まれることである。かつてオスカルの歌がショーウィンドーに手が入るほどの丸い穴を刳り貫いて仕掛けた誘惑にかかって、ヤン・ブロンスキーや裁判官がまるで人形振りで首飾りを盗み出し、世俗の密通や審判を窃盗として証明することになる、そのようにして、ブリキの太鼓が前触れていた半抽象の「ポーランド人の国」の秘密が、マリーアや沸騰散に導かれた悪徳を素材にして、もう一つの解を出したのである。 90 fugue オスカルの失踪は、侏儒ベブラやイタリア生まれの侏儒にして夢遊病のロスヴィータ・ラグーナに誘惑されたのではなく、犬になって行方知れないヴィクトル・ヴェルーンの、その覗き穴を尋ね、取り戻すための遍歴である。そのために極度の近視にはなれないが、オスカルネッロ・ラグーナを名乗り、もう一つの発芽オスカル・ブロンスキーと入れ替わる。この失踪は、地下貯蔵室に転落して成長の中断を身につけたように、fugue(夢遊的失踪)の記憶喪失を身につける。成長の中断が時間の極度の拡大であるように、記憶の喪失も極端なスロー・モーションを羽織る。極端に私的な出来事は公的になろうとして拡大され、詠嘆され、それは、ブリキの太鼓を奏することの効果の一つであるが、ロスヴィータ・ラグーナが寸詰まりとはいえ天女の如く19歳にも99歳にも見えるのは、この効果に包まれているのではなく、不易で何か一貫したものの崩壊が極端なスロー・モーションを羽織っているからである。それは、呆気にとられるようなガラスの破砕を以てオスカル(の隠喩の衝動)が歌い上げずにはいられなかった脆さの、もう一つの示現である。 「町は以前と同じく無傷のまま、中世の面影を漂わせ、時間ごとに、いろいろの高さの教会の塔の、いろいろの大きさの鐘で、やかましい音を立てていた。」 44年06月11日、オスカル・ブロンスキーの息子の三回目の誕生日の前日にオスカルは故郷の町に到着したのであるが、実はそれは、失踪の終息というよりは失踪の圧縮なのである。極端なスロー・モーションを羽織って寄せては返すもう一つの海の如く不易の姿を現わしたダンツィヒ市の日常は、1944年にも1949年にも見え、盤石なのではなく宙に浮いており、この、中世の鐘の音が今漸く届いたような被曝の気配が、漂う「中世の面影」と区別がつかない。この、何でもない落下は、シュトック塔や、極度の近視の犬となって姿を晦ましていたヴィクトル・ヴェルーンが、合流して来たのである。この合流は失踪そのものである。オスカルの遍歴の、その拡張は、オスカルの祖母の四枚重ねのスカートの中をエウロペ(Europe)そのものに拡大転写したのであり、このことにオスカル(の隠喩の衝動)が到達・保存する、それが祖母アンナのスカートのように裾を広げた「エッフェル塔」である。


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