Monday, August 15, 2011

碧痕96 「黒い料理女」の気配

96 「黒い料理女」の気配
 起源の移動(すなわち媒体性)は、法則的、歴史的到達・保存の、その擬態の気配が消えている限りで打ち消され疚しさとなって潜伏しているが、擬態の気配が消えないで(すなわち、擬態が半ば解けて)疚しさとなって潜伏しているものが露頭すると、それは薄気味悪く迫る。あの「誰かがいる」という気配が、擬態として鎧われた「私」というものを(自由、孤独、思考を)脅かすのである。或いは、惰性を鎧った日常性が宙に浮く。「私」というものも日常性も、この薄気味悪く迫る気配(化の気配)の鎧う擬態であるから、遁走は空しい。虚構の気配が消えることと消えないこととの間に振動するだけである。この薄気味悪く迫る気配は、総掛かりでどこまでもつきまとう陰謀の包囲する気配に変奏されたりするが、オスカルのブリキの太鼓は「黒い料理女」の気配に変奏する。
 「ぼくは、黒い料理女がどの駅で姿を見せるか、停車するたびに恐怖の思いで待っていたが・・・もしかしたら、黒い料理女は隣の車室に坐っていたかもしれない・・・ぼくはこれまで、黒い料理女を恐れたことはなかった。逃走中恐れたいと思ったからこそ、初めて彼女がぼくの皮膚の下に這いこみ、そこにおちつき、たいていは眠ったままなのだが・・・今日に至るまでそこにいつづけ、いろいろな姿をとって現れる・・・ぼくがとくに気づいたことは、まず第一に、メトロも列車と同様、異なったリズムでではあるが、黒い料理女のことを訊ねたことであり、第二に、ほかの乗客も全部、ぼくと同様あの料理女と馴染みであるにちがいなく、、ぼくの計画は、メトロでイタリア門まで行き、そこからタクシーを拾ってオルリー空港へ行くというのだった・・・料理女はスチュワーデスに変装している・・・ぼくはイタリア門の一つ前の駅メゾン・ブランシュでおりた、なぜなら、彼らがイタリア門で待っていると、ぼくが思っているだろうということを、彼らはむろん考えていると、ぼくは考えたからだ。しかし、彼女は、ぼくの考えと彼らの考えを知っていた・・・このメトロ駅には、エスカレーターが備わっており・・・あのエスカレーターのカタカタいう音が、「黒い料理女はいるかい?いるいるいる!」を響かせた・・・そして上では彼らが待っていた・・・ぼくより二段上では、あつかましい恋人同士がふざけ合っていた。ぼくより一段下には一人の老女がのっていた・・・あの上に立っているのは、『シュピーゲル』の連中でも、外套のポケットにバッジを入れているあの紳士たちでもない、上に立っているのはあの女だ、料理女だ。あの女が、エスカレーターをカタカタ鳴らして「黒い料理女はいるかい?」と言うと、オスカルは、「いるいるいる!」と答える・・・上のほうを見やると、しかし、オスカルの眼に、目立たぬようでどこか目立つ顔の紳士たちが普通の雨傘を持って立っている姿がうつった――だからといって、黒い料理女がいないということにはならなかった・・・ぼくはだんだん高く運ばれていった。ぼくの前上には、厚かましい恋人たち。ぼくのうしろ下には、帽子をかぶった婦人。外は雨で、上方、ずっと上には国際警察の紳士たちが立っていた・・・ぼくはオスカル・マツェラートとして逮捕された・・・外のイタリア通りには雨が降っていた・・・そして事実何度もここかしこに・・・通りの群衆の中に、警察の箱車をとりまく人だかりの中に、黒い料理女の恐ろしくおちついた顔を認めた・・・つまり、昔ぼくを階段でこわがらせたもの、地下室に石炭をとりに行ったときワァーといって、ぼくを思わず笑わせたもの、しかしいつもちゃんとそこにいて、指で話をし、鍵穴から咳をし、ストーブの中で溜息をついたもの、それが、ドアとともに叫び、煙突からもくもくと煙をあげたものだった。霧笛が鳴ったり二重窓のあいだに一匹の蝿が何時間も死んでいたりするときに、また鰻どもが母を欲しがり、ぼくの可哀そうな母が鰻を欲しがったときもそうであったし、太陽が塔山のうしろに消え、琥珀となってみずからのために輝くときもそうであった!ヘルベルトは、あの木像を攻撃したとき、だれのことを考えていたのか?本祭壇のうしろにも――すべての告解室を黒くしているあの料理女がいなければ、カトリックとはなんであろう?彼女はジーギスムント・マルクスの玩具が壊れたとき影を投げた。そして、アパートの中庭で腕白やお転婆ども、アクセル・ミシュケとヌヒー・アイケ、ズージー・カーターとハンス・コリンなどが、赤煉瓦のスープを沸かしながら・・・いつでも彼女はちゃんときていた。森番沸騰散の中にさえいた・・・ぼくがこれまでうずくまったどの洋服箪笥の中にも、彼女はやっぱりうずくまっていた。後に、ルーツィエ・レンヴァントの三角の狐面を借りうけ、ソーセージのサンドイッチを薄皮ごとがつがつと食べ、塵払いたちを飛び込み台の上へ連れて行った――オスカルだけが後に残り、蟻を眺め、そして、幾倍にも増えて甘いものを目がけて行くその蟻が、実は彼女の影であることを知った・・・」  オスカルは黒い料理女が誰なのか、尋ねない。なぜなら、それは以前に、極度の近視の犬に変装してオスカルをつけ狙ったり、悪徳に変装してオスカルの背中の瘤に潜んでいたりしたが、これからは面と向かってオスカルに迫って来るからである。
 しかし、それは、死ではなく、起源、移動する起源としての「ポーランド人の国」である。

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