Sunday, September 11, 2011

碧痕104 華氏(Fahrenheit)451

104 華氏(Fahrenheit)451
 そこでは、本を読む人を摘発し焚書する消防士がゲシュタポの如くに狐憑き状態というよりは、本を読む人こそが狐憑き状態である。本を読む人を代表するのは「自由、孤独、思考」であるかに見えて、実は、監視と密告と摘発を避ける秘密の防衛の極に於いて、本を隠すために本を暗記して本になる、本の媒体であることなのである。
 こうした暗記は遺伝しないだろうから、暗記して本になる人を次々と複製しなければならない。この複製は遺伝のような効果に包まれる。異本(の人)が出現し、異本と異本との間に種が出現しては逃れ去るのである。一子相伝であるにしても事態は変わらない。稗田阿礼の古事記は、そうした最後の異本、火の鳥の如きものである。ところが古事記となることによって、再読と再読の間に出現しては逃れ去る古事記は、証明できない全体に向かって膨れ上がっていくことになる。

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