Wednesday, November 16, 2011

碧痕125 双子のトリック

125 双子のトリック
 「Twin Peaks」がミステリとして解き難いとすれば、それは、靴の行商人Gerardの二重人格や、その片割れであるMikeのBob 検知能とBob の親近性、そしてBob の二重性(「梟は見かけとは違う」)に双子のトリックが秘められているからである。
 それは、Bob と捜査官Cooper(追い詰められるものと追い詰めるもの)にも及ぶ。互いに余計なものに似ようとする双子の霊がかかっているのであり、CooperがBob を取り逃がすのも、追い詰めるCooperが追い詰められるCooperに反転するのも、つまりミステリなのかスリラーなのか区別がつかないのもその精である。
 Twin Peaksの日常性は至るところで崩壊しかかっている。日常が反語、嘘、変装、偽造、裏切り、陰謀といったものに満ちていても、そうしたものが日常性を冒すのではない。制圧に(平均化と単純化に)倦み疲れ、どうでもよく何でもなくなり、擬態能の衰弱としての痙攣「梟は見かけとは違う」が垂れ込めるのである。環境としてのBob は、内臓的に潜むとは限らない。外骨格的に屋敷やホテル、Twin Peaks、その瀑布、その大気となっても潜伏し、人の形相(Bob )に偏執したりはしない。潜伏を以て出現する、その二重性が気配づいて懐疑が覆いかけなければ「実ハ邪悪ナ」ということにもならないものへの探求は、捜査官CooperがPalmer事件ではなく別件の被疑者になる、というように、オイディプス的捜査への逸脱と能所の逆転とが更に脱臼して谺して来ている。
 この二重の変形は、凶悪事件での逮捕を(重罪を)免れるために別の事件で服役して仮出獄を狙う、といったトリックにも転写されて影を落とす。こうした逸脱と変形は、Bob の、擬態の気配を消せない虚栄が、擬態の気配を消す野心とせめぎあうのである。

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