Monday, December 19, 2011

碧痕136 漏電する「偶然」

136 漏電する「偶然」
 「偶然」(Kieslowski)では、交媾が色違いの三枚組である。1初恋の女、2少年期に惜別した親友の姉で、既婚の女、3同じ医学部の女、この三つの場合のそれぞれに、政治的態度決定として1入党、2反体制的地下運動に加担、3態度保留、岐路の弾みとして間一髪1汽車に飛び乗る、2汽車に乗り損ない、甘受しかねる、3汽車に(わざとではないかのように)乗り遅れるが、甘受する、が照応し、子供の頃からの父の強要(医者になることに将来を限定されることが代表するような専制)との葛藤の、1分割、2方解、3和解が、夢の如くに、照応している。
 1では、若者は発奮、検束を振り切ったようで実は、葛藤が、入党した若者と地下運動をしている初恋の女とに分割され、持ち越されたに過ぎなく、この政治的対立は対い形成を頓挫に導く。解が他の対立で間に合わされるとしても、対い形成が頓挫するように分割が発症する。
 2では、反抗が見かけは反体制に変換するが、実はもっと地下の悪徳に転移しているのであり、まるで反体制的地下運動の頓挫はもっと地下の姦通の精であるかの如くになる。オイディプス的変脱のかすかな谺。
 3では、嫌悪していた教師の献体が解剖されるのを見ているうちに気を失いそうになる女が、その隠喩である。和解は失神発作のようなものなのである。この和解では、対い形成は父の魔圏を脱するように見えて実は息子が父の器官の延長であることに面しての失神発作である。また、対い形成が頓挫するとすれば、不慮の事故のような強制に導かれる。
 しかし、どの場合の交媾にも、打ち消された他の二つの交媾が漏出するだけでなく、女が交接した7人の男、女が交接する夫、女が最初に交接した男、分身した男たちがぞろぞろ乗り移って来る。どの交媾も間に合わせであること、間に合わせであるが思いがけなく、思いがけないが半ば予期されていた、そうした弾みのような導きを報告しようと藻掻く我々の、致命的な語彙不足を「偶然」は反映している。「偶然」には、偶然というものが縁生するために打ち消されて潜伏するものが漏電しているのである。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home