Sunday, December 25, 2011

碧痕138 望遠する技術

138 望遠する技術
 「トリコロール 赤」(Kieslowski)では、ドーバー海峡での不慮の遭難事故が、不慮の気配を消して或る対い形成を孕むが、その片割れ(若い法律家)は盗聴の廉で自らを密告した老人(元判事)の器官の延長としての媒体で、老人が盗聴すなわち耳を以て窃視するように、夢を以てこの対い形成を望遠する。恋は望遠する技術であり、漠とした輪郭を鮮やかにし、置き換え難さを(尊厳を)拡大する。
 遡れば、老人は、夢を解き放って望遠するように、犬を解き放ってもう一つの片割れ(赤のバランティーヌ)を引き寄せ、それまで遠いというだけで見えなかったものを置き換え難く拡大する。老人の犬がわざとではないかのように行方知れずになり、バランティーヌの車に轢かれて負傷した犬に導かれるようにバランティーヌは老人の前に出現し、更には、わざと自らを密告までして公になることで老人はバランティーヌを呼び戻す。犬も密告も、ここでは望遠の技術なのである。
 片割れの若い法律家が恋人の密通に苦悶していることは、老人の鏡像である。老人の夢は、遭難の救助の模様を伝えるTV画面に変換されて、置き換え難く一対の男と女が浮かび上がる。すなわち若い法律家と嫉妬するだけで望遠しない恋人に苦悶するバランティーヌ、そこには、老人と「赤」の女がいる。つまり、「誰かがいる」。媒体であることを免れているのではなく、媒体であることを禁止するmoral が解けている。
 このひと対いが救助される一方で、若い法律家の恋人が密通して乗り込んだヨットのもうひと対いは海に沈む。この差異は、地獄のヴォリュームの漏電である。一方では、迷い込んで来た犬や、うっかり(わざとではないかのように)落とした法律書が開いて見せた頁の、その弾みのような導きを以て望遠し、もう一方では大量の貨幣や贅沢、豪華を以て望遠する、そうした婚姻色の差異なのであるが、卑しいのか尊いのか区別がつかない。
 若い法律家(老人)が恋人の姦通の光景を窃視する、その覗き穴は、決定的な導きとなって「赤」の女を(それまで隣り合っていたのに見えなかった女を)ズーム・アップすることになる。ここで、漏電の効果は、覗き穴が盗まれることである。望遠の技術は、単に光を当て、拡大することではない。

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