Saturday, July 30, 2011

碧痕91 蝉脱への前奏

91 蝉脱への前奏
 つまり、「ポーランド人の国」の微細な光景として、放火犯に身を窶した雷神の拉致(rape)・密通の神話をオスカルの太鼓は叩き出そうとしているのであるが、一部に反転があって、放火犯の方がずうっと小さく、アンナの四枚重ねのスカートの中はドイツの戦線の大きさに膨れ上がる。雷神が身を窶した牛は乳製品の饐えた匂いになってスカートの中でエウロペを代表し、しかもそれは、放火犯の侵入の痕跡でもある。
 この混乱は、有性生殖の半解脱である。オスカルの母の告解聴聞は「ポーランド人の国」の微細な光景を密通として抽象、世俗化したが、オスカルの隠喩の衝動は、一寸法師に身を窶した侵入とエウロペ(Europe)の三分身アンナ、母、マリーアの失踪(オスカルの行方不明を浮かび上がらせる地としての失踪)から、発芽を示現する。
 有性生殖の半解脱は、歴史を打ち消す。発芽は有性生殖のエラー状態であり、半抽象なのである。「右町、古町、胡椒町、前町、若町、新町、下町など、七百年以上をかけて築きあげてきた全市が、三日間で焼失した。もっとも、これがダンツィヒ市の最初の火災というわけではなかった。ポメレン人、ブランデンブルグ人、騎士団の騎士、ポーランド人、スウェーデン人、もう一度スウェーデン人、フランス人、プロイセン人、ロシア人、それにザクセン人までが、すでにこれまで歴史を作りながら、二、三十年ごとにこの都市を焼却するに値するものと感じた――そして、今度は、ロシア人、ポーランド人、ドイツ人、イギリス人が共同して、ゴシック建築の煉瓦を百度目に炎上させたのである・・・ベーカー小路、ラング小路、ブライト小路、大小のヴォルヴェーバー小路が焼けた。トビーアス小路、フンデ小路、古町通り、新町通り、前町通り、塁壁が焼け、長橋が焼けた。クラーン門・・・ズボン屋小路・・・マリア教会・・・聖カタリーナ、聖ヨハネ、聖ブリギッチ、バルバラ、エリーザベト、ペテロとパウロ、聖三位一体、聖骸などの教会・・・大製粉所・・・肉屋小路・・・市立劇場・・・聖霊小路・・・フランシスコ修道院・・・婦人小路・・・材木市場と石炭市場と乾草市場・・・パン棚小路・・・ミルク罐小路・・・」こうした、ブリキの太鼓が演奏する侵入と炎上の列挙は、一揆の如く殺到する。
 しかし、危機に面して、つまり、不意に有性生殖のエラー状態(発芽)から自由と孤独に蝉脱して脅かされていることに面して、成長の中断ではなく、裏切り(見かけの、成長の中断)を以て繰り返し凌いで生き延び二人の父を葬ることになったオスカルの隠喩の衝動は、裏切りを、94センチの幼虫からせむし(瘤や水頭症のように大きな頭に履歴改竄を封じ込めた佝僂)が蝉脱することを以て示現する。オスカルが叩き出すダンツィヒ市史は、生き延びるために半解脱するのではなく、蝉脱する、この苦痛への前奏である。「まっさきにきたのはルギ人だった、それからゴート人とゲピト人がきて、その後に、オスカルの直接の祖先に当たるカシュバイ人がきた。それから間もなくして、ポーランド人たちがアーダルベルト・フォン・プラークを差しむけてきた。この男は、十字架を持ってやってきたが、カシュバイ人かプルッツ人に斧でもって打ち殺された。この事件は一漁村で起こり、その村はギダニヅツという名だった。ギダニヅツがダンチクとなり、ダンチクがダンツィヒ(Dantzig )となり、これを後にDanzigと書くようになり、そして今日では、ダンツィヒはグダニスクと呼ばれている。
 しかし、こういう綴りになる以前、カシュバイ人につづいて、ポメレレンの領主たちがギダニヅツへやってきた。彼らの名前は、スビスラウス、サンボール、メストヴイン、スヴァントポルクなどであった。村から町が生まれた。それから、乱暴なプルッツ人がやってきて・・・それから今度は、ブランデンブルク人・・・ポーランド人のボレスワフ・・・騎士団・・・その後数世紀のあいだ、ポメレレンの領主、騎士団長たち、ポーランドの諸王と対立諸王、ブランデンブルク伯爵、ヴォツアヴェクの司教などが交替を繰り返した。建築請負人と家屋取壊し請負人の名前はオットーとヴァルデマール、ボグッサ、ハインリヒ・フォン・プロッケ――それにディートリヒ・フォン・アルテンベルクで、この人が騎士の城を建てた場所は後にヘヴェリウス広場となり、二十世紀にポーランド郵便局防衛戦の舞台となったのである。
 フスの信奉者たちがやってきて、ここかしこに火をはなってまた引きあげた・・・次にはポーランド領になった・・・王はカジーミェシュという名で・・・それから、ルードヴィグがきて、ルードヴィグの後には、娘のヤドヴィーガがきた。彼女はリトアニアのヤギェウォと結婚した。そして、ヤギェウォ王朝の時代が始まった・・・」このようにして、いや継ぎ継ぎに有性生殖は続き、スウェーデンが何度もダンツィヒを包囲し、列強は三度もポーランドを分割し、プロイセン人やロシア人がやってきて、またロシア人がやってきて、その後にはプロイセン人でもスウェーデン人でもザクセン人でもフランス人でもなく、ポーランド人がヴィルナ、ビヤウィストク、レムベルクからやってきて住む家を探した。
 オスカルのところへは、ファインゴルトと名のる紳士がたった一人でやって来たがしかも大勢の家族、ルーバ、レフ、ヤクブ、ベレク、レフ、メンデル、ツォンヤを引き連れていて、その大勢の家族の死体にトレブリンカ収容所の消毒剤係としてリゾール液をかけるために死体になるのを免れたファインゴルトだけが(有性生殖のエラー状態を蝉脱して)やって来たのである。こうして、生き延びるためにせむしが蝉脱する、その苦痛への前奏としてのダンツィヒ市史は、リゾール液と家族の死体を満たした大きな瘤の到来を(しかも94センチの幼虫からせむしが蝉脱する前触れとして)目撃するに至る。

Monday, July 25, 2011

碧痕89 「ポーランド人の国」の、もう一つの解 碧痕90 fugue

89 「ポーランド人の国」の、もう一つの解
 神通としての密通、それは、何か階段を降りて来るような、しかし階上にいってあちこち開け回っても覗き込んでもどこにも何もいない、或いは、白長須鯨が海面に躍った、或いは、蔓植物に巻きつかれた部族の移動がのしかかって来る、というような気配に被曝することの拉致、凌辱、覗き穴どころか自由、孤独、思考、履歴丸ごと盗まれることである。かつてオスカルの歌がショーウィンドーに手が入るほどの丸い穴を刳り貫いて仕掛けた誘惑にかかって、ヤン・ブロンスキーや裁判官がまるで人形振りで首飾りを盗み出し、世俗の密通や審判を窃盗として証明することになる、そのようにして、ブリキの太鼓が前触れていた半抽象の「ポーランド人の国」の秘密が、マリーアや沸騰散に導かれた悪徳を素材にして、もう一つの解を出したのである。 90 fugue  オスカルの失踪は、侏儒ベブラやイタリア生まれの侏儒にして夢遊病のロスヴィータ・ラグーナに誘惑されたのではなく、犬になって行方知れないヴィクトル・ヴェルーンの、その覗き穴を尋ね、取り戻すための遍歴である。そのために極度の近視にはなれないが、オスカルネッロ・ラグーナを名乗り、もう一つの発芽オスカル・ブロンスキーと入れ替わる。この失踪は、地下貯蔵室に転落して成長の中断を身につけたように、fugue(夢遊的失踪)の記憶喪失を身につける。成長の中断が時間の極度の拡大であるように、記憶の喪失も極端なスロー・モーションを羽織る。極端に私的な出来事は公的になろうとして拡大され、詠嘆され、それは、ブリキの太鼓を奏することの効果の一つであるが、ロスヴィータ・ラグーナが寸詰まりとはいえ天女の如く19歳にも99歳にも見えるのは、この効果に包まれているのではなく、不易で何か一貫したものの崩壊が極端なスロー・モーションを羽織っているからである。それは、呆気にとられるようなガラスの破砕を以てオスカル(の隠喩の衝動)が歌い上げずにはいられなかった脆さの、もう一つの示現である。  「町は以前と同じく無傷のまま、中世の面影を漂わせ、時間ごとに、いろいろの高さの教会の塔の、いろいろの大きさの鐘で、やかましい音を立てていた。」  44年06月11日、オスカル・ブロンスキーの息子の三回目の誕生日の前日にオスカルは故郷の町に到着したのであるが、実はそれは、失踪の終息というよりは失踪の圧縮なのである。極端なスロー・モーションを羽織って寄せては返すもう一つの海の如く不易の姿を現わしたダンツィヒ市の日常は、1944年にも1949年にも見え、盤石なのではなく宙に浮いており、この、中世の鐘の音が今漸く届いたような被曝の気配が、漂う「中世の面影」と区別がつかない。この、何でもない落下は、シュトック塔や、極度の近視の犬となって姿を晦ましていたヴィクトル・ヴェルーンが、合流して来たのである。この合流は失踪そのものである。オスカルの遍歴の、その拡張は、オスカルの祖母の四枚重ねのスカートの中をエウロペ(Europe)そのものに拡大転写したのであり、このことにオスカル(の隠喩の衝動)が到達・保存する、それが祖母アンナのスカートのように裾を広げた「エッフェル塔」である。

Friday, July 22, 2011

碧痕88 神通としての密通

88 神通としての密通
 ヴィクトル・ヴェルーンが本当の持主であるために光り出していたブリキの太鼓は、犬のように極度の近視のヴィクトルがその犬になって姿を晦ましたように、何になって失踪しているのだろうか。少なくとも、成長の中断には極度の近視が照応し、オスカルの祖父は犬になったために死体が上がらなかったのだろうか。
 垂直岩壁を登攀することや42.195キロの走破は何か不自然であるが、それは、乾燥に耐える陸棲と歩行の冒険に匹敵するような、自由と孤独になる冒険だからである。垂直岩壁も42.195キロも何か一貫していて不易なもの、法則や魂や寿命や本質の如きものを鎧うように平均化し単純化する冒険、つまり、擬態を鎧う危険を冒すことなのである。危険を回避するために擬態を鎧うはずなのに、そこには、矛盾の谺があって何か不自然なのである。
 オスカルは密通から自由と孤独になるためにヤン・ブロンスキーをオスカルの額に釘づけにする。ヤン・ブロンスキーを、微細な光景を「ポーランド人の国」を裏切ることは、自由と孤独を脅かすものが疚しさとなって潜伏することであるが、その祟り返しとしての新しい天体の(もう一つの半解脱の)影響の下に神経熱を出しているオスカルは、自由と孤独を脅かすものから遁走するためにブリキの太鼓を連打する、というふうに錯乱している。そうした混乱を、犬になって遍在しはじめたヴィクトル・ヴェルーンは、どうやら様々な笛を奏してズーム・アップする。濃い霧の沖合やノイファールヴァッサーからの汽笛やサイレン、ショットラント、シェルミュール、ドイツ人居留地を通る水雷艇の咆哮、そしてヤン・ブロンスキーが他の三十人に紛れて呆気にとられる仕方でスペードの7に変わり果てたザスペ墓地の白い塀の向うの砂地でかつての神学校生徒シュガー・レオが拾い上げた秘密の薬莢の笛
 そうした笛に監視されるオスカルに、ヘルベルト・トルツィンスキーの末の妹のマリーアが出現する。オスカルの不自然を咎めるように、或いは宥めるように。しかし、悪徳と有性生殖へ誘惑するというのではなく、オスカルの唾液や舌になるまで、十一番目の指になるまで延びて来る誰かがいる、そうした気配が、器官の延長に過ぎないことが、告知する如く覚醒するのである。

Monday, July 18, 2011

碧痕87 タイム・スリップ、ズーム・アップ

87 タイム・スリップ、ズーム・アップ
 転落がタイム・スリップを誘発するように、オスカルの成長の中断はタイム・スリップしたような覗き穴を身につけることである。1939年「ポーランド郵便局」に居合わせるまでにズーム・アップするオスカルは、しかし光速を凌ぐ運動をするというのではなく、半解脱するのであり、半抽象で10年の懸隔を失効させ、1939年の色彩をモノクロームにするのである。或いは、1939年のポーランド郵便局(ダンツィヒ市)それは、覗き穴としてのオスカルが質料化して乗り込んでいるニュース映画そのものであり、降伏して腕を挙げ項のところで両手を組むポーランド人と同じ格好の一寸法師オスカルを、1939年のどこの映画館でも見られるように、「眼鏡のない顔を引っこめ・・・手探りで霧を分けるようにしながら逃げて行く足音を数歩だけ」数歩だけオスカルが聞いた、あの、現金書留配達人のヴィクトル・ヴェルーンの、その、不屈の極度の近視がズーム・アップしていて、短いフィルムに撮られるためにオスカルは覗き穴を解除し、ちょうどその頃、犬のように極度の近視のヴィクトルはその犬になって姿を晦ましたのである。
 これは、地上三十メートルのシュトック塔が音もなく移動するのを「数歩だけ」聞くのであり、1949年のオスカル・マツェラートの居場所は中継局に過ぎなく、馬鈴薯の貯蔵地下室を潰れたブリキの太鼓が占領してしまうオスカル・マツェラートの悪い蒐集癖は、光り出さないがらくたの太鼓を残して本当のブリキの太鼓が半解脱して失踪するのをピアニッシモで聞くのである。

Friday, July 15, 2011

碧痕86 新しい天体の影響

86 新しい天体の影響
 緑の少女の船首像がもたらした数々の災禍の概略を叙述し、モデルとなった少女自らが魔女狩りに遇った災禍をも含めて丹念に年を追って列挙するとき、オスカルは熱病に頗る浮かされている。
 その船首像は、本当の持主の接近に感応して光り出したいのにそうはならないので、次々と襲いかかる破滅に乗じて船を移り変わるというふうだ。本当の肉体に感応して光り出したいのにそうはならない魂が、死滅を凌いで肉体を移り変わる如くである。
 肉体こそが魂の持主であること、このことは履歴改竄の気配からは出て来ない。オスカルは、誰とでも入れ替わる半解脱とは別の気配に罹って(オスカルにしてみれば新しい天体の影響で)熱を出したのである。
 密通として示現した微細な光景(「ポーランド人の国」)を歴史化する二つの技術、それが、写真術と告解聴聞であるが、そのような技術で緑の少女の船首像は浮かび上がって来たのではない。オスカルの母の肉体に感応して光り出すことのなかった魂を、漠として緑の少女の船首像にオスカルが嗅ぎつけたのは、足元へいくほど細くなるオスカルの母の棺桶の抽象でも、噴火口の如き生殖器が転移し、放浪し、ヘルベルト・トルツィンスキーの背中の傷痕に変装したりする半抽象でもなく、呆気にとられるように置き換え易いものの列挙から法則を導く技術のエラー、すなわち神経衰弱(新しい天体の影響)である。
 琥珀色の眼をしてまだ見ぬ標的に向かって乳房を突き出した緑の少女の船首像の、その実在のモデルが呆気にとられるような唐突さで魔女裁判にかけられ、呆気なく火で処分されることの、置き換え易さと置き換え難さの葛藤が、この船首像ニオベーを貫いて光り出したのは、ニオベーが移り変わる魂の本当の持主にして、しかもニオベーは本当の持主に感応しようとして移り変わる魂の隠喩だからである。
 昔々マインという喇叭奏者がいた、昔々時計屋がいてラウプシャートといった、昔々玩具屋ジーギスムント・マルクスがいた、昔々ブリキの太鼓奏者オスカルがいた、といった叙述と反復は決して写真術ではなく、音楽家マインに擦り寄る四匹の猫、その一匹はビスマルクと呼ばれていたが、その四匹の猫が呆気にとられるような唐突さで呆気なくマインに火掻き棒で叩き殺されたような、魂の呆気にとられるような移り変わりの気配に罹って、耐え難い置き換え易さを前触れる。
 擬態が解けて日常性が宙に浮いたのでもなく、履歴改竄の軽やかさでもなく、呆気にとられるような耐え難い軽さを鎮めるために、呪文のように連祷のように前触れるのである。
 ファウスト博士の知恵熱は、「真理」で耐え難い軽さを鎮めようとするが、それは地上のものが寿命を(幻ではないことを)鎧うことであるから死滅と引き換えになる。ファウスト博士の肉体では魂は光り出さない。ファウスト博士は魂を引き渡すのではなく、単に魂は移り変わるのであり、その限りで地上のものは擬態として「真理」を鎧うのであり、耐え難い軽さを鎮めるはずの「真理」そのものが、耐え難く軽い。これは、オスカルが罹った知恵熱でもある。

Tuesday, July 12, 2011

碧痕85 一寸法師であることの赤十字

85 一寸法師であることの赤十字
 オスカルがマツェラートの箪笥の中に身を潜め、扉に少し隙間をもうけて感光を促したのは、聖金曜日の夢のようなピクニックを抽象するためである。失われてしまいまだ失われていない「ポーランド人の国」がどのように形相を変えて移動して来ているのか。ノイファールヴァッサーから来た沖仲仕が縄の先に仕込んだ馬の生首とその罠に入り込む鰻は、有性生殖を写す抽象ではあるが、馬の生首と鰻は収斂し易く、しかも一寸法師に変装しかねない。箪笥の中に身を潜めてオスカルは、抽象の練習、ピクニックを歴史化して本質を析出しようとするのであるが、マツェラートが馬の生首からとれた鰻を料理して聖金曜日の御馳走にする、その知らず知らずの責めに耐え切れないオスカルの母が嘔吐や悶絶を以て図らずも責め苦を告解するのを図らずも箪笥の暗がりで聴聞することにもなる。オスカルの母は、交接の後しばらくは顔が戻らなくなるようにする責め苦と、規範から逸脱してしまって戻れない責め苦との混乱そのもの(打ち消され疚しさとなって潜伏している何か(媒体であること)と、打ち消せない密通の悔いとの混乱そのもの)すなわち、馬の生首と鰻(或いは、一寸法師オスカル)それである。仮初めにヤン・ブロンスキーがマツェラートの器官の延長であるとして、オスカルの母は誰の器官の延長なのか。仮初めにオスカルの母の声帯を通して誰が告白するのか。この責め苦としての誰かが仮初めに一寸法師に変装しているとして、その一寸法師(のブリキの太鼓)がオスカルの母を前触れ、しかも遡上し、この両棲性のために自明ではなくなる。
 「糊のきいた清潔な看護婦の白衣・・・赤十字の飾りのある簡素なブローチに、ぼくの眼と、ときどき叩かずにはいられなくなるぼくの鼓手の心とは釘付けになった・・・ブローチは大きくなり、なぜだかわからぬが旗の波、アルプスの夕焼け、ひなげしの原になる、だれに対してだかわからぬが暴動の準備がととのい、インディアンや桜んぼや鼻血に対して、鶏のとさかや赤血球に対して集合し、そして最後に、目路の限りの赤が、ある情熱のための背景となった。その情熱は、あのときも今日もはっきりとそれとわかるのに、赤という言葉ではなにも言い表わすわけにはいかないから、なんとも名付けようがないのだ。鼻血ではだめだし、旗の生地は色が変る、それにもかかわらずぼくが赤とだけいうとき、赤はぼくを嫌い、そのマントを翻して黒に変る、黒い料理女がやってきて、ぼくを驚かせて黄色にする、ぼくをあざむいて青にする、ぼくは青を信じない、ぼくはだまされない、緑色にならない。緑はぼくが草を食む棺桶だ、緑はぼくを蔽う、緑はぼくだ、ぼくは白に変る、白はぼくを黒だという、黒はぼくを驚かせて黄色にする、黄色はぼくをあざむいて青にする、ぼくは青を信じないので緑になる。緑は花咲いて赤になる、赤はインゲ看護婦のブローチだった」
 有性生殖の変装の中でも一寸法師であることの情熱が赤十字の飾りに顕れ、釘づけの磔刑の十字に子供たちの眼が釘づけになるように、オスカルの眼は釘づけになる。オスカルは、鰻を孕んだ馬の生首の、その闖入そのものである聖金曜日がいつの間にか一寸法師に変装していることを写し切れない。しかし、過ぎ去っていない闖入が半ば過ぎ去った半抽象のままに、本質の破砕の情熱として赤色が支配的になるが、しかも他のどの色とも入れ替わる受難を前触れずにはいられない。

Thursday, July 07, 2011

碧痕84 前触れる

84 前触れる
 ブリキの太鼓はヨハネのように前触れる。オスカルが一寸法師イエスにブリキの太鼓を奏でさせようとして奇蹟が起こらないのは、物語ることがヨハネに覚醒すること、そのことを見過ごしているからである。しかも、イエスの到来に先立って、前触れることとしてヨハネは物語る。つまり、それは宣伝なのである。
 オスカルにブリキの太鼓が発芽するように、斬り離されたヨハネの生首がヨハネに発芽する。一寸法師オスカルは一寸法師イエスと一卵性双生児なのではない。ブリキの太鼓はオスカルの生首の如くして、それが奪われようとする時オスカルが叫び声を発するのは、既に本質が剥奪されていることを歌う如くであるが、一寸法師イエスはそのようにして半解脱しているのではない。
 オスカルが破壊と感じているものは、虚構の気配が消せずに被曝する半解脱である。本質の破砕である。つまり、虚構の気配を(大気のように)それと知らずに呼吸して出現する本質は(法則が平均化の効果に過ぎないように)単純化の効果に過ぎなく、ガラスのように脆いのである。

Monday, July 04, 2011

碧痕83 転生の二つの形相

83 転生の二つの形相
 人間性の、その擬態のエラー状態としての半解脱に面しての生体反応は、一つに神経症、もう一つは履歴改竄であるが、転生の二つの形相(すなわち、1身体を移り変わる、2誰とでも(何とでも)入れ替わる)に照応している。一つは置き換え難さに面して置き換え易さに面してしまう痙攣を魂と肉体に分割し、もう一つは移動する起源を切り離し、そのようにして反応を緩和する。
 一寸法師オスカルと一寸法師エロスの差異は、半解脱と解脱の差異である。解脱に於いて剥き出しになる媒体性や生贄であることが、その擬態のエラー状態(半解脱)に於いては履歴改竄となって祟り返す。もう一つの半解脱に於いて神経症となって祟り返している一寸法師もいるはずであるが、それがアトムである。

1「EUREKA」(青山真治)では、このアトムが、バスジャックに巻き込まれ標的は誰でもいい殺害の現場にピンぼけで居合わせる兄と妹に(その後、追い打ちを食らうように若い母が去り、女と密通していた父が死に、しかし母は戻らない兄と妹に)分割される。兄は妹の頭を通して考え、妹は兄の頭を通して考え、失声し、兄は妹の器官の延長として夢遊病のように通り魔に及び、妹は兄を通して嘔吐し、妹の目を通して兄の目に二人が未だ見たことのない海が写し出される、というように、二人の間では発信と受信の分業は廃棄され、それぞれが「私」というものを鎧っているのではなく、二人がシャムの双子のように癒着して鎧っている。家や家具や街の日常的法則性は辛うじて保存されているが、いつの間にか経過する日常的歴史性にエラーがあって、二人の目を通したカメラ・アイに写し出される風景は蝉の声がしきりでも灰褐色で、ごく稀に灰緑色が出る程度で色も湿潤も失われている。ポラロイドカメラで撮影するような単純化が、あの衝撃からというもの半抽象で停止している。しかしこれは、過ぎ去らない衝撃が半ば過ぎ去っていることの痕跡である。妹は、誰でもなくする海に面して、貝殻を通して誰とでも入れ替わり、この半解脱を通して兄と妹の癒着を解除し、声を取り戻す。 しかし、通り魔に逢うこと(生贄であること)に面しての模写発作、戦慄の極としての硬直を解くのは、海に面して誰でもなくなること(生贄であること)の、その同毒療法である。

2 死刑囚の、その死刑執行は、包囲する陰謀や追跡の気配のように総掛かりで、その勢力は誰とでも入れ替わる。
 結婚の記念旅行のために余分に「休暇」(吉村昭)を取ろうと決意したその刑務官は、絞首されて落ちてきた死刑囚の身体を下支えする役を買って出る。
 その死刑囚は、結婚のことを知って、その刑務官と女性の顔に祝福の花を添えて素描し、贈る。女性の顔は死刑囚の妹の顔に肖ている。妹が最後に面会に来た時に立ち会っていた、その刑務官は、死刑囚と妹と引き換えであるかのように、花嫁とその小さな男の子を抱き寄せる。介在するのは、三つの場面で姿を現わす蟻である。死刑囚の独房、死刑が執行される部屋、三人の旅行先の宿の部屋、この蟻は個が種を代表する限りで、身体を移り変わるのではなく、誰とでも入れ替わる。

Friday, July 01, 2011

碧痕82 天空の責め、地上の責め

82 天空の責め、地上の責め
 石炭市場の上空三十メートルに浮き上がって俯瞰していても、演壇の下(の内臓)に身を隠して節穴から覗いていても、もう一枚のスカートの下に「覆われていて覆われていない」半解脱の、その異郷感に変わりはない。映画の画面の中に幽閉されてしまっているかのように薄っぺらで奥深い症状が、もう一枚のスカートのように雪が降りかかるショー・ウィンドーを「覆い覆わない」。通りに面した戸口の凹みに潜んで送り込む窃視が、すなわち、通りの向うのショー・ウィンドーに円弧を描いて刳り貫くように送り込まれるオスカルの歌が、通りかかるヤン・ブロンスキーを窃盗へと誘惑したかに見えるのは、実は、密通として顕れた微細な光景「ポーランド人の国」を窃盗として世俗化、或いは、刳り貫かれた穴に手を伸ばすヤン・ブロンスキーになるまでアフリカやナポリを放浪し経て器官を延長したオスカルが、ヤン・ブロンスキーを通して「ポーランド人の国」を告白するのである。通行する人々を凹みに潜んで粘り強く誘惑し続けることを通してヤン・ブロンスキーをズーム・アップし続け、感光しない微細な光景の告白を終に聴き取るように誘惑されている、オスカル式の告解聴聞である。それは、赤と白の縞のブリキの太鼓がヤン・ブロンスキーの姿をしておしのびする(誰とでも入れ替わる)天空の責めが、ヤン・ブロンスキーに密通と窃盗との地上の責めに零落して顕れた、感染保存である。