Thursday, January 12, 2012

碧痕144 内臓の如き

144 内臓の如き
 Dekalog2「ある選択に関する物語」
 化はghost の出現の禁止(秘密にすること)に面して埋め合わせるかの如く、それが、具体の媒体性であり、そのことが秘密である限りで擬態は擬態の気配を消して内臓の如くにはたらく。
 媒体であることの禁止のエラー状態、擬態の気配が消せないmoral の頓挫が、良心(覚醒)である。良心が覚醒する、というのではなく、秘密であろうとするものが秘密ではいられない葛藤が良心なのであり、それは、自由とは別の源泉から届く命令である。
 その女が二人の男を同時に(何か埋め合わせるように)愛するのは、媒体であることの禁止のエラー状態の目じるしのようなものであり、良心の二重性が、夫と夫の器官の延長として内臓のようにはたらくもう一人の男に分身している。この選択は、自由とは別の源泉から届いている。
 もう一つの選択が迫られている。女は妊娠しているが、病臥の夫の子であるはずもない。死の病であるのならば産み、生き延びるのであれば産まない、それが女の決断であるが、夫の担当医師の、患部を代表するX線写真に基づいた誤診のために、というより、或る患部が生体の未来を代表しようとすることそのものの何か届かない過誤のために、女は産むことになる。
 つまり、この選択は、女が鎧う自由とは別の源泉から届いたのであり、もう一人の男が夫の器官の延長(としての媒体)であることの禁止の、秘密ではいられないエラー状態は、良心が自由とは別の源泉から届く命令であることの隠喩である。
 女(の意志)は、誰かがいる、とでもいうように導かれたのであり、それは、死の淵に面して混迷する夫が導かれるように戻って来ることへの応答である。

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