Sunday, January 15, 2012

碧痕145 渾身の胴震い

145 渾身の胴震い
 「ある運命に関して」ヤーウェに襲われるアブラハムの如き男と、サンタ・クロースに扮した男はクリスマス・イヴに玄関ですれ違う。すれ違いざまに感染したものは何か。
 「ある運命に関して」法則的、歴史的なものの裏をかく目配せとして現れた河口の精と娘は川岸ですれ違い、父と娘は「ある選択に関して」誤診したのか嘘をついたのか区別がつかない医師とリフトですれ違う。すれ違いざまに感染したものは何か。
 エヴァの対い形成では男は分身していたが、クリスマス・イヴのミサに現れたエヴァは夫が失跡したと訴え、もう一人の男(サンタ・クロースの男)に一緒に捜すよう誘惑する。この捜索を通して、エヴァの置き換え難さは拡大するのか縮小するのか、それを知るためにも男は車が盗難に遇ったと偽り、敏感に反応する妻の疑念を振り切って夜の街に出る。果たしてこの失踪騒ぎはエヴァの狂言で、3年も前にエヴァは夫と別れていたのであり、クリスマス・イヴに誰もそばにいないことに耐えられなくなっていたエヴァは選択にでたのである。7時までサンタ・クロースの男と一緒にいられるならなおも生きられる、いられないのなら毒を服してもう終わりにする。(Dekalog3「あるクリスマス・イヴに関する物語」)
 こうした渾身の嘘が、或る一対の父と娘の間でも、選択にでる。娘の生後5日目に死んだ母が娘に宛てた手紙を父が封入して父の死後に開封するよう父が表書きした封筒を、父は、あたかもわざとではないかのように置き忘れて娘が娘の決断で見るように誘い、娘は、父の死後に開封すべしの指図を破って母の手紙を取り出しはするものの中身を読むことを思い止まる、しかし手紙の内容を憶測して(というより願いを込めて)母の筆跡に似せて渾身の偽の手紙を書き上げ、その虚構の気配を消した内容(実の父ではない)に従って、父を通して、或る選択を誘導しようとする。すなわちこの一対は、父と娘なのか、男と女なのかを。(Dekalog4「ある父と娘に関する物語」)
 娘は、女は誰の子を孕んだか分かると言い張る。これは、娘は、父と血が繋がっているかどうか分かる、とでもいうようだ。蜻蛉返りして変身することが責め苦であるように、娘は渾身の胴震いをして、娘が女になるのを父は待っていた、という溢れる思いそのものに変身する。「父は待っていた」は「父に待っていて欲しかった」が屈折したものであるが、この屈折は、懸想なのか憐れみなのか、娘には区別がつかない。
 父もまた、別の男の器官の延長として父親になったのか、別の男を器官の延長として産み落とされて生き延びた赤ちゃんが身代わりに女になる日を待ち侘びていたのか、区別がつかない。
 一旦この世に嘘が入り込むと、白状が嘘ではないとはどうにも証明できない。
 「ある選択に関する物語」から感染した選択は、自由とは別の源泉から届く。しかも、一対の男と女ではなく、一対の父と娘を選択することの、その、自由とは別の源泉は、嘘を剥いでも剥いでも虚構の気配が消えない底なしであり、一対の父と娘を選択することが一対の男と女を選択することの屈折、仮面、渾身の胴震いではないとはどうにも証明できない。
 エヴァが漏電しそうなクリスマス・イヴに、エヴァは出た。憂鬱と引き換えに打ち消され疚しさとなって潜伏して疼いていた暗黒のエヴァからの意図せざる贈り物は、渾身の身震いである。嘘が剥がれ尽くすのにどれだけかかるのか。エヴァが7時を選択したことに、雷電は落ち、7時を回るように(目配せするように)なおも生きられる。

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