Tuesday, February 14, 2012

碧痕154 空の発動、発動の効果

154 空の発動、発動の効果
 擬態としての日常性が打ち消している衝動、疚しさとなって潜伏している衝動、それが漠として良心と呼ばれる責めである。アルツハイマー的なものは、法則的にも歴史的にも到達・保存の関心が数も程度も減衰して、その減衰、除去、荒廃を通して浮かび上がって来た古層の埋もれていた衝動が、みかけの必要や状況と乖離して活発になるのである。良心の覚醒であり、それは、不当に眠り込まされていたとでも言わんばかりに躍る。徘徊は、実は徘徊しているのではなく、どこかを探していて、それが何処かは具体として分からないがそこに至ればああ此処だと分かる、発見なのにずうっと知っていた、というような漠とした予期、あるいは危険にも二足で歩き出すことそのものであり、押し入れにお肉やバターをやたらに詰め込んで腐らせてしまっても頓着しないといったことは、頓着しないのではなく、蓄積、貯蔵こそがそこでは良心の覚醒であり、本能じみて、刺激も効果もなく、空で発動するのである。
 戦時下の諸々の強制が急激に除去された廃墟に、日本人に蘇った良心というようなものが、あっただろうか。少なくとも、都市では、民族も家父長制も失効させる食糧獲得のための分裂、分散の衝動だけは必要と状況に応じて、蘇って来ていた。戦後の個人主義はキッチュなのではなく、キッチュであることこそがみせかけなのである。

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