Monday, March 05, 2012

碧痕161 「変身作用」

161 「変身作用」
 M氏は、媒体性を「交媾の国」を以て代表させる。器官は空間的にではなくむしろ時間的に、というより「より強い流れにさらわれて」延長し、「アマリロ・ダンスホールから出ようとして回転ドアの真鍮の手すりに手をかけたとき、それまでのぼくと、そのときのぼくと、それ以後のぼくとが一度に崩れ去った」。空間、時間の座標が「より強い流れにさらわれて」被曝し、骨格は微塵に砕けて散り、具体の極にゴーストがかかるピンぼけの効果に、種のように実体のない「ぼく」の出現が不意に(渾身の蜻蛉を切って)不易な何かに(写真に写らない何かに)飛躍する。その、身を隠していたいのに隠れない「変身作用」に面して狼狽の効果から、この「無我」を「不変の自我」と叫んでしまう。平均性と提喩性を媒質として鎧われた擬態としての「自我」が解ける、その目覚ましい半解脱に目じるしをつけないではいられない、更には、「アマリロ・ダンスホールの回転ドア」を「新世界」の無門関として誰かに報告しないではいられないのである。
 こうした中間を突破しない越境は、これまでも、このときも、これ以後にも何度も見る同じ夢、同じ境界線を踏み越える夢、いくつもの通りをぶらつくのに住んでいる通りの一つの延長でしかない通りを駅構内の上にかかった鉄橋まで、境界線からほんのわずかの距離であるはずなのにいつも夜までかかってしまう鉄橋まで踏み越える、奇妙な延長となった「変身作用」に於いては、何よりも重大な何かを孕んだ「家に向かって歩きだそうとすると、ぼくの立っている地面は縁からくずれはじめ、溶けはじめ、消えはじめ」「空間は絨毯のようにめくれ上がり、ぼくを包みこみ、それとともにぼくの入りこめなかった家をも呑みこんでしまう」というように眼状紋が示現している。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home