Thursday, March 15, 2012

碧痕164 不滅

164 不滅
 「南回帰線」上の「新世界」それは何か不滅と感じられ、棲処や資源としての「世界」の拡張なのではなく、あてどとしての場所や目的の崩落(「地の果て」)であり、従って不滅とは、何か法則的到達・保存とも歴史的到達・保存とも懸け離れた地獄のヴォリュームの何処からともない侵入である。「より強い流れにさらわれる」何処からともない覚醒が、何か不滅と感じられる源泉であるが、「より強い」のではなく、薄気味悪く迫るのである。寿命を鎧った「世界」が別の寿命を鎧った新「世界」に接続するのではなく、「世界」というものが鎧う寿命が尽きるのでもなく、解けるのである。
 歴史も法則も「新世界」を支えない。支えるとすれば、それは既に「世界」に組み込まれている。
「世界」は「新世界」を禁止すると同時に埋め合わせるが、あてどとしての場所や目的の達成は「世界の終わり」であるために、moral は失効する。それは何かばかげたエラーと感じられる。
 ところで、この、何か一貫したもののエラーを、M氏は不滅を以て、M.Heidegger 教授は不安を以て報告する。世界ノ内ニ有ルコトニ面シテ、世界ノ内ニ有ルコトニ関シテ、不安デアル(脅カスモノハノシ掛カッテ胸ガ締メツケラレ息モツカセナイホド近クニシカモ何処ニモナイ) 「新世界」の覚醒も「無」の覚醒も発見であるかの如く、実体のないことの埋め合わせとして、驚きと懐疑の間に振動する。

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