Sunday, May 13, 2012

碧痕184 息がかかる

184 息がかかる
「Rosemary's Baby」、「美女と野獣」、姥ヶ池の主夜な夜な姫に通って魘(おそ)う事、八房伏姫を背に乗せて走り去る事、空飛ぶ円盤に吸い上げられ地球外生物の胤を宿す(或いは頭に発信機を埋め込まれる)事、その他あまたある異類婚姻譚の類は、父娘姦或いは神を孕む話の即興的な諸解であるとして、こうした異類婚姻譚の間に出現する実体のないモードに隠れているもの(意味)が顕れることはない。顕れるや、それは意味ではなくなるからである。そうした意味の極が霊(命令、予期)である。
悪い症状に潜む宿業や試煉といった思考(の頓挫)は、法則的でも歴史的でもなく、真偽を気にしていない。それは、悪い症状が何か漠として意味を孕むことで、何かが漠として隠れ潜んでいることで、それがあてど(場所、目的)になって生きられるようになるのである。気にかかるのは意味である。それは、霊(命令、予期)と区別がつかない。
内臓が空っぽになってまるで地殻から洩れ出すように(誰かの)息がかかることを以て模写される空虚も、意味が気にかかるのであって、意味の消失ではなく、真偽が気にかからない、思考の頓挫である。

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