碧痕191 幕末のethos
191 幕末のethos
そもそも、仁義礼智忠信孝悌といった要請に真も偽もない。「平家物語」を覆いかける諸行無常の
響があてどなさを(法則的、歴史的到達・保存としての、この世のものの跡形もなさが、この世の意味の何処デモナサを)提喩的にも換喩的にも代表するのとは違って、「南総里見八犬伝」にかかる星辰の配列は、八つの玉八つの痣の感応の意味であると同時に形式(命令)であるように責める。この責め苦は、幕末のethos 、剥き出しになっているために何処デモナイ意味(宙に浮いた場所)が気にかかること、鯰絵が孕む隠喩(身を隠していたいのに隠れなく魘されること)である。
太平の根拠(地)が剥き出しになった、その根拠の(何処デモ)なさに面しての模写発作が「ええじゃないか」に顕れるような分業の停止や越境であり、「南総里見八犬伝」に境界の踏み越えや意味を探す発作が顕れているのに面して幕府が不覚にも発禁に処したのは、狼狽の効果(転移発作)である。
大地震に面して縋りつくものが見当たらないために右腕が左腕に縋りつき、その左腕が右腕にしがみつく霍乱さながらに、地震鯰を地震鯰となって示現する龍神が鎮め、幕末そのものとしての黒船を黒船となって到来するヱビス(蛭子、夷)が鎮める。つまり、この狼狽の効果は、化の、その二重性が命令と服従に分身するのである。同じようにして、八つの玉の感応となって示現した星辰の配列は、媒体としての八犬士の感応と、分業の美徳としての仁義礼智忠信孝悌とに分割される。媒体であることを、器官の延長としての分業が禁止する。この転移発作が擬態なのであるが、擬態の気配を消せない(潜伏するはずの地が露頭する)霍乱に、舌を出す、頭を掻く、面に皺を寄せるようにして幕府は出版を禁止するのである。
そもそも、仁義礼智忠信孝悌といった要請に真も偽もない。「平家物語」を覆いかける諸行無常の
響があてどなさを(法則的、歴史的到達・保存としての、この世のものの跡形もなさが、この世の意味の何処デモナサを)提喩的にも換喩的にも代表するのとは違って、「南総里見八犬伝」にかかる星辰の配列は、八つの玉八つの痣の感応の意味であると同時に形式(命令)であるように責める。この責め苦は、幕末のethos 、剥き出しになっているために何処デモナイ意味(宙に浮いた場所)が気にかかること、鯰絵が孕む隠喩(身を隠していたいのに隠れなく魘されること)である。
太平の根拠(地)が剥き出しになった、その根拠の(何処デモ)なさに面しての模写発作が「ええじゃないか」に顕れるような分業の停止や越境であり、「南総里見八犬伝」に境界の踏み越えや意味を探す発作が顕れているのに面して幕府が不覚にも発禁に処したのは、狼狽の効果(転移発作)である。
大地震に面して縋りつくものが見当たらないために右腕が左腕に縋りつき、その左腕が右腕にしがみつく霍乱さながらに、地震鯰を地震鯰となって示現する龍神が鎮め、幕末そのものとしての黒船を黒船となって到来するヱビス(蛭子、夷)が鎮める。つまり、この狼狽の効果は、化の、その二重性が命令と服従に分身するのである。同じようにして、八つの玉の感応となって示現した星辰の配列は、媒体としての八犬士の感応と、分業の美徳としての仁義礼智忠信孝悌とに分割される。媒体であることを、器官の延長としての分業が禁止する。この転移発作が擬態なのであるが、擬態の気配を消せない(潜伏するはずの地が露頭する)霍乱に、舌を出す、頭を掻く、面に皺を寄せるようにして幕府は出版を禁止するのである。


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