碧痕195 意味深さの恐慌
195 意味深さの恐慌
この世のものの跡形もなさを、この世の意味の何処デモナサ(空虚)は呑み込んでいるが、この空虚は何処デモナク、この世に打ち消されている。この世は空虚の地の如くなのであるが、それが擬態なのである。空虚はこの世を輪郭づけるどころか、輪郭が解けるのであり、この世の脅威とも守護ともつかない。
この世を覆う(覆す)空虚を興奮させるのは責めとしてかかる意味(予期)であるが、責め苦として派生した真偽、意味、価値で満たさなければならぬとでもいうように(あるいは、真偽、意味、価値が消失するかもしれないと危ぶんで)保険が多重に掛けられ、また、派生していく。権威(手続き)、敷延(解釈)、そして正に保険である。
年号を以て位置づけ、更には仁義礼智忠信孝悌を鎧うが、八犬士の感応は極端に私的であり、世に顕れない。世に姿を現わすための苦行であるかのように、八犬士に繰り返し厄難が降りかかる。脅かすとも守護するともつかぬ伏姫の霊気が分割され、この漠として魘される影護(うしろめた)さが悪徳や偽りや奇計、追捕の勢力となって、美徳としての仁義礼智忠信孝悌に襲い蒐(かか)るのである。仇こそは美徳の輪郭を励起し、誣言(しいごと)や鬼(そらごと)によって冤罪を被せられ、荷物や刀のすり替えのために危機に陥る、といった苛めこそは八犬士であることを奇特なものとして妥当(おだやか)にもこの世のものにするだけでなく、諸危機を通して八犬士が値遇し或いは次々と迫る危機を共にすることこそがその奇縁の意味深さを保証し、意味深さが失われないように断続的に危機が派生するのである。まるで危機は意味深さの敷延の如くである。
一方で、唐突な偽首が繰り返し必死の窮地から犬士を活路に導くが、これも、八犬士が世に顕れるに随伴して贋ものも出現したというのではないが、八犬士の感応の意味深さを補強する。
しかし、意味深さが膨らむことは、実は、意味深さが薄められていることである。伸び切ったところで一気に収縮して吹っ飛ぶ恐慌を孕んでいる。


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