碧痕196 人面瘡
196 人面瘡
上総館山の領主蟇田権頭素藤の父但鳥跖六業因は、近江胆吹山の盗賊の頭領にして、懐胎している女の腹を生きながらに割き、赤子を取り出して蒸しあるいは炙って啖う積悪に、さながら生まれた赤子を膝の下に敷き殺した、その膝にできるとかいう人面瘡がしゃべる如く業因の腹は、業因は黙っているのに祇園会の群衆のただ中で数々の悪行を止どめようもなく白状し始める。それは、妻の死体もろともに壁の中に塗り込めてしまっていた「黒猫」(Poe )の声帯を通して事件が発覚してしまう、あの怪談に通底している。つまり、次の世代で、それはミステリに変わる。腹話は、秘密を他の誰かの舌を通して(拡声して)告白する恐喝に化ける。
業因の不覚の白状から累が及ぶのを恐れた素藤は姿を晦まし、疫癘の猖獗を極める上総館山に流れて、諏訪の社で、玉面嬢(大樟樹の木精)と疫鬼(えやみのかみ)に二重分身した人面瘡の(お告げじみた)白状をうっかり偸み聴きし、疫病の特効薬としての黄金水の情報を得る。この黄金水は覿面の効果を上げ、素藤は領主の首を、うっかり素藤の首とすげ替えることになる。悪疫は領主が招くが、素藤が来るために悪疫は蔓延していたのであり、悪疫の原因と目的は区別がつかない。素藤が秘密を盗聴(拡声)したのは実は、オマエガ犯人ナンダゾ、と恐喝されたのである。
人面瘡は秘密の拡声器とも盗聴器ともつかないが、その腹話が分身しない白状は、話を他の誰かでも聞き取れるように発信と受信を分業するような秘密の拡声であるが、分身する白状は、話を他の誰も聞き取れないように空耳じみる。
ところで、領主というものは、影武者である。さもなければ探偵である。さもなければ犯人である。狩猟採取の変形としての掠奪が盗賊に顕れているために、領主はそのことが度忘れの状態にあり、度忘れ状態でいられるように、おしなべて他の誰かを追い詰める。仮初めの分業であることが覚醒しないように不断に追い詰めないではいられない権力に保険をかけるために、領主は影武者をつくる。そこでは、領主を代表する「自由、孤独、思考」が影武者を代表する「狐憑き、類、生首」にいつでも切り替わるものであることを知らず知らず模写して領主こそが追い詰められてしまっている。二重三重に影武者を延長しても、権力は空ろに伸び切って一気に収縮する。権力の恐慌は、領主が影武者であることから遁れようとして不断に連れ戻されるのである。
症状としての人面瘡は、領主の首がいつの間にか影武者の首に置き換わっていて元にもどらない、というふうに魘され、症状としての悪疫は、それがまさか領主(因)の仮の姿(果)であるとは思わずにうっかり追い詰めて解くとそれが自分の顔のようなのでギョッとする、というふうに魘される。


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