碧痕197 「耳なし芳一」の腹話
197 「耳なし芳一」の腹話
「耳なし芳一」の、その夢中遊行は何かを告白(盗聴)して魘されている。その腹話は、人面瘡としての平家蟹の甲羅が他の誰かでも聞き取れるように秘密を拡声するかに見えて、実は、打ち消された平家に(クガニ上ガッタ甲冑ノ音ハ水ヲ滴ラセ)夜な夜な導かれる芳一は他の誰も聞き取れないように恐喝されているのである。芳一が惨として耳を引きちぎられて耳なし芳一の身体を形成するのは、この空耳の記念碑のようなものである。琵琶法師芳一の身体のエラーは、盲目から空耳に及び、その腹話は、怪談とミステリの間に懸かっていて、すなわち、精神分析の萌芽である。僧は芳一の耳だけうっかり経文を書き附け漏らし、その耳は行方知れずになって、茶釜に入って祟る。それは、因の仮初めの姿としての症状(果)を解いても症状は姿を変えて何処かで反復強迫的に生きられてしまう、そうした精神分析の生まれ変わりの幻術(paraphrase)を暗示している。意味に魘される精神分析は、因と果に分割して病痾を解消するのではなく、因果性を解いて症状を意味深くし、症状に保険をかけるのであり、その限りで宿業や試煉に匹敵するのである。


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