碧痕220 「塵と灰」の虚栄
220 「塵と灰」の虚栄
「最後の審判」に引き据えられることは、大視症の極で覗き穴が盗まれることの症状の一つ、何もかもが意味深くなる陰謀、追跡の気配(J.J.Reasou)、何もかもが意味深くなる嫉妬の息吹(M.Proust)、呼び出しを啖う(F.Kfka)といった症状に属するのであるが、Augstinus の場合、「私」の拡張の極で覗き込んだ奥深い鏡に「私」ではなく「あなた」を一瞥する、つまり、「あなた」に覗かれ「塵と灰」に収縮して引き据えられているのであり、同じようにして、深々と覗き込んだ記憶の淵を何もかも意味深くおののかせて大きな顔が覆いかけ、同じようにして、おずおずと覗き込んだ聖書の隅々を意味の潜む淵にして被造物が引き据えられるのであり、同じようにして、最内奥であるこの世の終わりにまで長々と首を差し伸べておそるおそる覗き込む深淵は、「塵と灰」の虚栄である。


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