Thursday, September 13, 2012

碧痕225 地上に踏みとどまる

225 地上に踏みとどまる  異教的なものが生き延びるために「贖罪」に於いて贖われる被誘惑性が地上性ではなく幽霊性であること、それが、魔法を解いてみせること、「贖罪」を隠蓑にすることである。魔法が解けるということは二重性が解けるのであるが、この二重性を解くことに反転することと引き換えに「贖罪」は受容されたのであり、この受容こそは、流行として地上に踏みとどまる科学的なものの発端である。  これは奇怪な反応である。「贖罪」の漠とした郷愁はmetamorphosis であるが、それは異教的なものであるのに、異教的なものは「贖罪」の受容を迫られて異教的なものを解いてしまうのである。  存在の魔法(化)は認識の魔法(擬態)を隠蓑にして、認識の魔法と器官の延長とが優越、流行することになる。

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