碧痕228 絶対の命令が届かない症状
228 絶対の命令が届かない症状
家は小岩の駅前の映画館の路地を入って二度ほど角を曲がり折れると現れ、その厠の小窓から見えたのは富士山ではなく、新しくしたばかりの(恥ずかしいぐらい)白い板塀であるが、それは尋問であり、監視と盗聴であり、「家庭の事情」の公示であり、人面瘡である。しかし「死の棘」(島尾敏雄)は怪談ではない。身を隠していたいのに隠れない気配に面して、転移発作として女トコノ島デ暮ラスのでもなく、目を瞑って身を曝す、その症状が過ぎ去っているのではなく生まれ変わっていることに臨床するのである。それは単なる密通の告白ではなく、告白の共謀である。婚姻が実は誰かの器官の延長であることを姦通が夫に顕れたために妻が度忘れ状態にあることを、折檻じみた狐憑き状態の詰問で埋め合わせようとするような(しかし折檻しても出ていかないのはこの狐であるような)腹話である。
絶対の命令が何か届かない(出発ハ遂ニ訪レナイ)待機の症状が、生まれ変わっているのである。


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