碧痕234 魂の起原
234 魂の起原
「尼僧物語」(F.Ginnemann) の尼僧シスター・ルーク(俗名ガブリエル)が、精神病院の独房に出現した天使ガブリエル(であると思い込んでいる女)と格闘する場面は、他の尼僧のようにマリーの名がシスターの次に続かないルークに出現するのは天使ガブリエルではなく、マリーになれないガブリエルということであるが、しかしこのガブリエルは実は器官の延長でしかないのにマリーであることに不随意に抵抗している。器官が複雑に延長した末端であることは、延長する間に、単純に道具であることを(マリーであることを)脱皮してしまう如くなのである。器官の延長であることに矛盾しない範囲でずれ、更にずれていく間に、そのずれに魂のようなもの(どうでもいいのではないもの)が出現し、奇妙にも、この魂のようなものはマリーであることに矛盾しないのに抗うのである。
マリーであることは、平穏に均されていることではなく、突出であり、光り出すような飛躍であり、出来事ではなく、シスター・ルークの葛藤は、絶対の命令が届かない症状であり、尼僧院からの離脱を通して、あたかもマリーであることから脱皮するかのようにあたかもマリーであることに連れ戻されるかの如く、裂目がみひらいている。
物語というものは、結局は、光速に達する裂目へ駆り立てられている。「尼僧物語」も、決して反物語ではない。或る色を見詰めているとその補色が現れて来るように、反マリーを見詰めているとマリーであることに反転してしまう。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home