碧痕235 「シカシ地ハ見エズ、形ナク、闇ガ深淵ノ面ニアッタ」
235 「シカシ地ハ見エズ、形ナク、闇ガ深淵ノ面ニアッタ」
Augstinusはいくつもの異なる解釈があることを伝えている。例えば、
1 無秩序で、光のない、形態のない質料が、最初の被造物である。2 被造物としての、形態のない暗黒の質料(天地)から、更に、物体としての天と地が造られた。3 被造物としての、形態のない暗黒の質料(天地)から、更に、霊的な天の天と物体的な天と地が造られた。4 被造物ではない、形態のない暗黒の質料から、霊的なものと物体的なものが造られた。5 被造物ではない、形態のない暗黒の質料から、物体としての天と地とそこに集積するものが造られた。
天地初発の時を、それが自然であれ創造であれ、出来事として認識しようとすると、その原因や素材に認識は追いつかない。極端に変わったことであるからではなく、そこで、存在の擬態としての認識が解けるからである。法則的到達・保存も歴史的到達・保存も届かないというより、そもそも認識というものの失効、その被誘惑状態の揮発が、天地初発の時なのである。そこで、認識(の魔法)を隠蓑にする存在(の魔法)が剥き出しになる。
天地初発の時からの零落は、存在(の魔法)が不可逆の歴史性を擬装することであるが、その紀元のあたりに、零落の時が特定できないのは、その時にこそ紀元前(の暗黒の質料)が伸びるからである。つまり、零落の時は、境目としての紀元ではなく、存在(の魔法)が不可逆の歴史性を隠蓑にして、疚しさとなって潜伏することだからである。
「シカシ地ハ見エズ、形ナク、闇ガ深淵ノ面ニアッタ」それは、その異なる解釈の平均ではなく、複数の解釈を解とするのでもなく、また、天地初発の時を模写するというよりも、認識というものの、その奇怪な冒険の起原と頓挫を同時に告白するのである。


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