碧痕244 罪の状態、そのエラー状態
244 罪の状態、そのエラー状態
実体、関係、能動、受動、時、場所、量、質、位置、状態 、これらは、アリストテレスが列挙した、それ以上にはもう遡れない十の類であるが、気配を消した擬態であり、地上のものの地上に耐える相である。基督教に於いては、罪の状態であり、擬態の気配を消せない擬態のエラー状態こそが神的顕現なのである。
化と擬態の間に活くということは、収斂したり分岐したりして振れるのであるが、十の類は、収斂する五つの組み合わせで、例えば、時と場所が収斂すると、何処デモナイ意味が薄気味悪く迫る。あてどなさとは、地上のものを脅かす神的屈折なのである。能動と受動の収斂では、その裂目にみひらいて薄気味悪く迫る目こそは魂の起原である。これは、地上に耐える相としての魂が脅かされるのである。
眼前に不意に豁然と打ち寄せる久方のしき波の如く、無量、悠久に被曝して被造物が迫るとすれば、それは量と質が収斂して、地上に耐えるための連続性が、今を主張する幽霊船のような飛躍性と区別がつかなくなるのである。
どの組み合わせの収斂も、残りの四つの組み合わせの収斂を誘発する、というより、代表するのであるが、しかしそれは、優越するということではない。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home