Thursday, December 27, 2012

碧痕260 独身者の「速度」

260 独身者の「速度」  荷風は、遠ざかれば遠ざかるほど、後にした奥地へ分け入ってしまう、そうした不思議な気配を、個体が限界をおかされる最終状態を、浮雲ではなく、「浮浪」と報告してしまう。個体ではない或る独身者の最終状態と、その断面とが混同されがちなのである。  迫る黄昏に被曝して、「実在的ではない」不思議な「鮮明」が報告されている。ローヌ河の堤の下の小石が一つずつ数えられたり、ヴォーグ(ジプシー)の群の見世物小屋の囃子が遠く伝わっていく、その速度が「明鏡」に映す如くに分かるというのである。これは、ピアニッシモの効果(M.Proust)である。どんなに遠く伝わって来る音も伝わっていく音も小石であるかのようにくっきり数えあげられ、次元の縮んだ「明鏡」に速度の如く映されるのは大きさも数も位置もおかされているのであるが、しかしそれこそが、この不思議な「鮮明」の正体であり、抜け出せない「浮浪」であり、根岸の里でもの遠く(仄明るく)耳にした狸囃子のような遊郭の、地の底の痛々しい独身者の「速度」なのである。

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