碧痕262 浮浪(に潜む呵責)
262 浮浪(に潜む呵責)
浮浪とは、故郷や背景や誇りから切り離されてさだめなく見える運動の平均が落下になることに抗う運動である。落下を禁止する効果としての、その運動は様々であるが、顔の相好が千変万化して人種、生業、境遇、年齢が千差万別であっても系統発生的に「一様な盲動」に貫かれているように、安らいの場所へ向かわないではいない。この傾向は禁止されて潜むために、その、潜伏した「魂」は疼くような呵責となって迫ることにもなる。ヨウ、ひがんざくら、タマリンドウ、いかだかずら、ミモザ、樟の木、花炎木、木麻黄、ビルマネム、カッチャ松、メルクシ松、ヨウカシ、クリカシ、ゆき子(「浮雲」林芙美子)がこのようにして仏印に深く根づいた樹木を列挙することは、移植されても根づかずに枯れてしまう浮浪をくっきり輪郭づけるが、しかしそれは、程度の差に過ぎない。これらの樹木が伸び上がり、枝葉を疎開する形相も、潜む呵責に抗うのである。
浮かび上がれない屑としてなおも抗い足掻く、その浮浪の末に打ちのめされ、崩折れ、立ち上がれないでいる男に、差し伸べられ、見守る女の白い手、その、ささやかで密やかなシーンへと男に寄り添って来たズーム・アップは、その一瞬浮かび上がった光をとらえるが、たちまちにして夕闇にではなく、夕闇を押しのける街明かりに呑まれる(「Lights in the Dusk」Aki Karismaki )。その一瞬に出現した「浮雲」は、浮浪の運動の平均が落下であることを蔽い隠せない。「浮雲」は落下と区別できないのである。
「いま、遠く眺めやる地平線の上に、凄じい雲の列の静に押し移って行くのが、何と云う事なく不思議に見える」(「雲」ふらんす物語)。つまり、外交官の屑というよりは、切り離されていたい外交官である小山貞吉が次の転任先として(無能な外交官の埋葬場として)南米や西班牙を夢想していて、その反抗に潜む呵責は漠として「浮雲」を予期しているのに、そうではないことが漠として思考を冒すのである。凄まじい雲の列が推し移っていく形相は、何か笑ってしまう。浮浪が疾風怒濤の決意じみ、選ぶことの禁欲が僧侶の独身性と別段異なるというのではなく、亡びの胸騒ぎでもなく、「蓄音機が再び流行唄を奏で出した」という、ズーム・アップの最終に、その、救い難い一隅に息をふきつけて、どうでもいいのではないように足掻いているからである。


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