Sunday, January 20, 2013

碧痕268 おどける練習

268 おどける練習  長崎ざっこく屋、佐世保、久留米、下関、門司、戸畑、折尾、直方大正町馬屋、新宿旭町木賃宿、十二社、青梅街道入口めし屋、大久保百人町派出婦会、新宿陸橋、麹町三年町伊太利大使館、本村町、道玄坂、赤坂お濠の燈火、帝劇の灯、滝野川の稽古場、八重垣町、四谷、三輪会館、精養軒、動坂古本屋、動坂活動屋、南天堂、天保山船宿、京極うどんや菊水、円山公園、若松町、メリケン波止場、土気、三門、外房州日在浜、長者町、千駄木、八重洲大通り、時事通信社、その、最先端に聳える建造物は打ち寄せるしき波の如く、圧倒する断崖の臨在を以て、オマエガ来ナクトモ と通告している。  粟おこし工場、トルコ人の楽器屋、セルロイド工場、牛屋、本郷の酒屋、浅草のカフエー、黙阿弥、不如帰、直哉、白秋、啄木、善蔵、チエホフ、スチルネル、クヌウト・ハムスン、ルナチャルスキー、近松氏、お菊さん、メリヤス屋の安さん、お千代さん、松田さん、吉田さん、五十里さん、静栄さん、たい子さん、辻さん、橋爪氏、宮崎光男さん、加藤武雄さん、上野山、黒島夫妻、壺井夫妻、飯田さん、萩原さん、八重ちゃん、由ちゃん、俊ちゃん、お計さん、お君さん、お夏さん、お糸さん、十子、お初ちゃん、秋ちゃん、時ちゃん、それから、忘れてはならない西郷さん、楠公さん、大黒様、お釈迦様、行く先々で被殺害者に次々と入れ替わって逃亡する如くに、百面相を(バラバラに砕け散った「私」を)「他人のように抱きしめ」、脱いである他の女の赤い襦袢を男になって見詰めている」。  「真夜中に煤けた障子を明けると、こんなところにも空があって月がおどけていた」ようには、窓をあけると「こんなところ」からも見える富岳がおどけていないどころか対峙してしまうのは、こんなところにも「私」が通りかかっておどけているには窃視が未熟だからである。「放浪記」(林芙美子)は、輪郭が曖昧に彷徨うことと硬直と区別がつかない「私」の窃視と遍在する窃視とのあいだで、おどける練習をすること、遍在する窃視を身につけようとすることである。炭鉱の町で同じボロ長屋に住んでいた、シンケイ(神経)、祭文語りの義眼の男、(何か猥褻な)夫婦者の坑夫、親指のない淫売婦、腹を一巻して臍のところで舌を出している薄青い蛇の文身、挙って行商する「私」の家族、それら蛆虫じみた見世物を抱き締める遠賀川流域の黄昏と、窓をあけて耳にした上野の鐘とが、この世のものの限界をおかしておどけることの訓練履歴である。

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