Tuesday, January 29, 2013

碧痕271 唖然とする「言葉」

271 唖然とする「言葉」  「どこかであやめの花を見たような紫色の色彩の思い出が瞼の中を流れる」(「放浪記」)  これは、漠とした紫色の色彩の解の一つとして個体を結ぶあやめを見たのではなく、漠とした紫色の色彩の最終状態として、言葉としての「あやめ」が奇妙な横溢に包まれたのである。個々のあやめの花に面しても、唖然として、この「あやめ」が媒体としてはたらくことはない。漠とした紫色の色彩の最終状態を認識しようとして、それが思い出であるかのように顛倒する。「あやめ」が唖然としているのは、言葉が個別化すると同時に一般化してはたらくようにではなく、夢や写真のように模写するからである。

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