碧痕273 超個体的なものの占拠
273 超個体的なものの占拠
屠殺されたのは死体が代表するサンティアゴ・ナサールではなく、誰とでも交接する器官の延長である。つまり、サンティアゴ・ナサールは屠殺されたのではなく、屠殺死体が代表しているに過ぎない。屠殺死体(サンティアゴ・ナサール)は器官の延長であることの頓挫であり、サンティアゴ・ナサールは器官の延長であることの気配を消していたに過ぎず、その気配が消せなくなるや、何処にも実在していないサンティアゴ・ナサールを死体が模写して出現するのである。この、サンティアゴ・ナサールの失跡は不可視で事件にはならず、屠殺死体も屠殺者も公然としているので犯人探しにはならない。(「予告された殺人の記録」G.Marquez)
屠殺したのはパブロ・ビカリオとペドロ・ビカリオの双子の兄弟ではなく、花婿以外の男との交接を禁止する「亡霊」であり、双子の兄弟は、この猛威を振るうスピリットが振り翳す刃であって、屠殺ナイフを研いで振り翳すパブロ・ビカリオとペドロ・ビカリオであることの個体性を持て余すに過ぎず、誰も止められずに屠殺の実行に踏み出す瞬間に、個体性は消失してしまう。この、双子の兄弟の失跡も不可視で事件にはならない。
横溝正史のミステリは、量的に事件に触れる犯人を探す認識の水準から、超個体的なものの「力の接触(cnntactus virtutis)」が事件を惹起して占拠する化の水準に解けるが、超個体的なものが事件を凌辱するように占拠することは、その超個体的なものこそは事件の場所(最終状態)として遡上的に報告される。事件に巻き込まれた人々の個体としての姿は隠れ、超個体的なものに触れていて、狐憑きのように裁けない。


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