碧痕280 目撃の方解
280 目撃の方解
喜望峰沖で幽霊船を目撃することが不幸を呼ぶとする伝説は、福音が届いてしまうことで最後の審判が回避できないものになる、それどころか既に始まってしまうことの、大航海時代的な注釈である。
それは、UFO の目撃が、被監視と区別がつかず、被拉致の受身が自発、尊敬、可能と区別がつかず、超個体的なものに占拠される妊娠状態の、この20世紀的注釈がそうであるように、幸なのか不幸なのか選びあぐね、とまどっている。
不幸の手紙が届くことの、その、天使が訪れる如くうむをいわせぬ暴力(或いは、えこ贔屓)では不幸を回避する方法が示されていることに、福音の頓挫とまではいわぬまでも福音の正体が垣間見える。つまり、福音が普く届けられるように引き継がれることは、最後の審判を回避するための(或いは、押しつけるための)連鎖反応なのである。


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