碧痕282 「独身者の喜び」号の最終状態
282 「独身者の喜び」号の最終状態
疾風と凪と潮流と壊血病(と、そして恐らくは慈悲)に翻弄された難破船「サン・ドミニーク」号は、米国籍の海豹船「独身者の喜び」号の船長デラーノを占拠し、難破船に乗り移って居合わせている船長デラーノが動もすれば陰謀の気配に包囲されるのは、宙に浮くことが懐疑を以て模写されて孤独の剥奪や筒抜けの思考としての無我が剥き出しになったり、我に返ったりするのである。(「Benito Cereno」H.Melville)
我に返ることではなく、最後の審判の如く個体(subjectum )を脅かす陰謀の気配こそは覚醒なのであるが、それが「サン・ドミニーク」号を代表するBenito Cereno を難破船が占拠することであり、船長デラーノが独占的に覗き込んだ難破船を、この、ゴーストのかかった「ベニート・セレーノ」が占拠してしまう。それは、「Christina's World 」(A.Wyeth「クリスチーナの出そうな場所」)を占めるクリスチーナの背面がクリスチーナが覗き込んだ鏡像であるとして、それなのにクリスチーナの正面ではなく背面を目撃してしまう衝撃、のような位置異常である。
船長デラーノの目撃は、ゴーストのかかった(個体が解けた面を被った)「ベニート・セレーノ」と個体を鎧った面を被ったBenito Cereno の間に揺れる。一方、Benito Cereno が「サン・ドミニーク」号にアレハンドロ・アランダの黒人奴隷のバボーを首謀とする叛乱のあることを船長デラーノに密かに訴えようとして、命令すると同時に服従する「ベニート・セレーノ」の二重性に面して、しかし本能のように命令すると同時に服従するのではなく、事が発覚しないように主として命じるように命じられた僕としての「ベニート・セレーノ」と、僕として命じられるように命じる主としてのバボーとの位置異常に面して、繰り返し「ベニート・セレーノ」を失神が襲うのは実は我に返ろうとして息継ぎに水面に浮上しようと足掻くのである。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home