Sunday, March 24, 2013

碧騒289 テロルの光、テロルの痕跡

289 テロルの光、テロルの痕跡  「世の光」(E.Hemingway )を占める「駅の待合室」は「雨宿り」や「乗合」の、その離合集散の忽然のもう一つの解であるが、「マテオの晩餐」のように復活に居合わせるというのではなく、「駅の待合室」に出そうな妖精の目撃であり、その妖精振りはふるっている。その、極端に私的で素粒子のように寿命の短い昆虫は、普通の女体三柱を合わせたぐらいに大きく、測定すれば350 ポンドにもなろうかという、肥満が過ぎるというよりは膨れ上がって場所になる過程のようなもので、少し小振りの、それでも250 ポンドは悠に超えようかというような大女が二体サボテンの若株のように寄り添っていて、今にも吸収されそうである。そのばかでかさはrealではなく、ふざけきっており、尋常ではないというより程度を取り消されていて、その声が、a nice,low voice、と報告されているのは、体の一体何処から出て来るのだろうというような、声帯とは何か別の源泉から届くからであり、その名は、Alice である。  「駅の待合室」で居合わせることになったAlice は絶対的であるが、目撃と被狙撃の区別がおかされるテロルの(超個体的なものの占拠の)しるしに留まる。つまり、Alice が模写する全体とAlice の最終状態としての場所との微妙な混同である。Alice の思い出のSteve Ketchel が長目の効果に包まれるのではなく、拳闘家Stanley Ketchel とは別の個体なのかどうかの区別もおかされ、同業(whoredom)の髪を脱色した女が断言するCadillac出身のS.Ketchel とMancelona に現われたとAlice が証言するS.Ketchel とが同一の個体であるのかどうかもどうでもいい、つまり、そのような個体の区別の揮発を発作的に模写してAlice はばかでかい体を揺するのであり、この輪郭の彷徨・増幅は、St.Kの、その個体性の解脱に面して、わざわざtrueの一音節に転移するだけでなく、あたかも妥当要求の揮発が妥当要求に反転したかのようにtrueを以て威嚇を連発しないではいない。「不可思議な激励」としてのテロル(St.K)を模写してばかでかい体を揺するAlice と、テロルとしての最終状態のAlice とが混同されるのは、どちらも輪郭の放浪だからである。  「不可思議な激励」としてのAlice の、その覚醒の、その忽光に面して「私」の顔面は見惚れてしまう(放浪してしまう)。顔面の模写発作としての惚恍である。she smiled and she had the prettiest face I ever saw. She had a pretty face and a nice smooth skin and a lovely voice and she was nice all right and really friendly.But my God she was big. She was as big as three women. この報告(盲目が指先でなぞるような「不可思議な激励」の注解)は、忽光にもAlice の最終状態としての場所の黙示にも届かない。しかし、テロルの痕跡は残った。Alice の輪郭は放浪し、声は地獄から管を通され、「私」はAlice が一体全体何であるのか分からないし、Alice は出来事でもなく、面食らうばかりで、そのテロルの光は、一体何処から来て何処へ行くのか忽然と分からなくしてしまう。

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