碧騒291 最初ではない「最後の審判」
291 最初ではない「最後の審判」
隠れていたものが顕れる効果(真)を限定するのは顕れていたものが隠れる効果(偽)であるからには、偽は真の場所であり、最終状態である。最後の審判に於いては、偽が真を占拠するはずである。
敷延すれば、最後の審判(終末と復活)は既視感になるはずである。
旅人としての仮の姿が蝙蝠や猿や馬や蟇などの別の仮の姿に引きずり出される強制は、ghost が具体となって出現すると同時に潜伏する化(metamorphosis )ではなく、ウラニウムが放射線を出し尽くして鉛になるような変脱でもなく、適応でもなく、ghost を映し出す媒体としての個体がそのghost のもう一つの解に過ぎない即興(paramorphosis )であり、仮の解を限定するもう一つの仮の解は偽が真を占拠する如く、何であるのか分からなくなる。


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