碧騒304 擬似救済のparamorph
304 擬似救済のparamorph
蜻蛉を切るように場所(・意味)がしるしに転じて場所を占め、場所(・意味)が後退する。
イエス・キリストの出現は終末と復活がしるしとして到来することであり、その場所は意味深く隠れる。最終状態がいつまでも顕在化しないで後退することが基督教的救済であり、進化論的救済では、種が個に優越しないのに優越する場所の如くにしるしに転じて、その最終状態が隠れる。精神分析的救済では、しるしに転じた命令すなわち症状が解けたかに見えても、別の症状に転生するように症状の場所としての命令が次々に後退する。
この後退は浮浪である。
光はいつも救済の隠喩であるが、物質が光になる(光速に達する)のは、場所が物質を占拠するか、場所がしるしになって後退するのである。それは、「色即是空、空即是色、色即是空」式に於いて、空が色を占拠するか、空がしるしになって後退するかに対応しているが、metaphorでもparaphraseでもなく、擬似救済のparamorph である。


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