Tuesday, May 14, 2013

碧騒306 息の詰め方

306 息の詰め方 1 「四角い石を碁盤目にしきつめた歩道を歩く時、一つ一つの四角の何所に足が落ちるかが気になる。・・・四角い石のまん中に・・・ひと足、ひと足の踏み具合・・・うまく自然に道が踏めた時と、不自然に厭に踏んだ時とがあ」り、何度も何度も念を入れてやり直しては、その度に、かかとから背筋をのぼって来る吉凶の辻占(「直観」)があった、と鶴見俊輔は報告している。 2 「昼間の風呂場に行くと、何となく場ちがいな白けた感じがする。水道の蛇口に馬蹄の形にホースがかかっている。・・・人のいない風呂場にかかっている馬蹄形のホースを見ると、きまって、ある感情が・・・確実にあらわれる。・・・何度も、昼間の風呂場にひとりで行った。そこには、象形文字を解読するような確実な手ごたえがあった。」(「退行計画」鶴見俊輔)  敷石を憂い見詰める。それは何か違う。場所を占める重い敷石ではなく、敷石に場所が浮上して敷石ごと浮かせ、空虚のようであるが何か意味深い。敷石が場所を占めるように、場所が剥き出しにならないように、敷石と場所の区別がおかされないように、あばれる何か命令か意味のようなものが鎮められて潜むように、敷石に命中するように踏みだし、更に踏み出し、次々と踏み出さないではいられないのは次々と場所が命令か意味のように浮き出して来るからである。  それは、次々と何か全体か意味のようにリトル・ナースが涌き出して来るのを次々と降りていく、あの、一瞬にして果てしもない後退の如くである。  馬蹄形のホースを繰り返し覗き返しに来ないではいられないのは、個体であるはずの馬蹄形のホースにあるはずのない何か種か偽か意味のようなものが催眠術のようにかかっていて、馬蹄形のホースが直しさと「私」を具えるように、何か種か偽か意味のようなものとの区別がおかされないように馬蹄形のホースをくっきり絞り込んで憂い見詰めても、それは素粒子のように極端に寿命の短い昆虫の如くであり、イヌが催眠術にかかっているように振り返らないではいられないのである。  馬蹄の形にホースがかかっているのではなく、ホースに馬蹄形がかかっているのであり、この、誰もいない昼間の風呂場は、馬蹄形の出そうな場所、場所(・意味)が浮上して(ゴーストがかかって)蜻蛉を切ってしるしに転ずる、つまり、「象形文字」が意味深く胸を締めつけるように出現するのである。  この「象形文字」の意味深さが、敷石道の方面では、吉凶の予報(「辻占」)で、しるしははだざわりとして拡散している。足が土にあたっている感じ、電信柱に手を触れる感じ、帳面の紙に指の腹をあててずらす時のすべすべした細い(胸に来る)感じ、鉛筆を持ち直した時の感じ、あごが洋服の襟にあたる感じ、肩の肉がシャツにあたる感じ、と無尽蔵に増殖していくのであり、種・偽・全体・場所(・意味)が浮上して蜻蛉を切るようにしるしに転じて後退することのparamorph であり、神経の症状の転生であり、気懸かりなのは、個体が場所を占める「直観」に反した何かであり、敷石の何処に足が降りるのか気になるというのは、逸れてしまっている。背筋首筋を上って来る何か、胸を締めつける何かを「直観」を以て総括するのは、虚偽の報告とまではいわぬまでも、陰画的である。  「直観」と「直観」に反する何かとの間で揺れ、憂い見詰め、息を詰めるのである。

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