碧騒332 呼ぶ声
332 呼ぶ声
「我思う故に我あり」(information 形成・擬態)
「しかし次の瞬間、彼はずんぐりした染みのある鼻を望遠鏡みたいに延ばしたのである。(「The Magic shop」H.G.Wells) それはどんどん細く伸びていって、長くしなやかな赤い鞭のようになった・・・彼はその鼻を振り回したり、釣人が糸を投げるように前方に放ったりした」(transformation 変形・器官の延長)
ウェダーバーン氏がロンドンで手に入れたファレノプシスはバッテン氏が蒐集した最後のもの、マングローブの湿地で蛭に血を残らず吸いとられることと引き換えにした蘭とされていたが、実はそうではなかった。指のような白い気根を出した醜い偽塊茎は、やがて花を咲かせ、その立ち込める芳香で人を引き寄せ首筋に取りつく吸血蘭だったからである。(「The Flowering of the Strange Orchid」H.G.Wells)
つまり、最も遅れて地上に出現した被子植物として蘭は、苛酷な環境にあっても細菌と共生して腐生、着生を試みつつ、蛾の媒介で殖えるよりもヒトの蒐集癖に寄生するように花を咲かせ始めたのである。
「高野聖」(泉鏡花)で、旅人を猿や蝙蝠や牛馬に自在に変形していた「蘭」は、山蛭の精のようでもあるが、むしろ、接近して来るものを片っ端から変形しまくり、猿や蝙蝠や牛馬などの中間形態を経て山蛭を最終状態とする、変形・器官の延長の衝動の発露なのである。地獄から管を通された(飛騨の山々の声帯、すなわち盗まれた声帯を通る)木曾節は「暗闇から不意に手が伸びて来て、心臓をわしづかみにする」(H.G.Wells )。この黙示は、「我思う故に我あり」(形成・擬態)に打ち消されて潜伏した「呼ぶ声」が、「呼ぶ声がする故に我あり」(不随意の懐疑)を通して、エコーするのである。
デカルトに薄気味悪く迫るのは、この「呼ぶ声」である。


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