碧騒353 1963年、秋
353 1963年、秋
「・・・湯堂の赤土の坂道には・・・野花がこぼれ、青い蜜柑の匂いが漂っていて、海からも家からも何の物音もきこえなかった・・・
・・・私は息を低くしながら、海にむいた部落の斜面の中ほどにある、九平少年の家の前庭に立っていた。
九平少年は、両手で棒きれを持っていた。
・・・下駄をはいた足を踏んばり、踏んばった両足とその腰へかけて・・・微かな痙攣さえはしっていたが、彼はそのままかがみこみ、そろそろと両腕の棒きれで地面をたたくようにして、ぐるりと体ながら弧をえがき、のびかけた坊主刈りの頭をかしげながらいざり歩き、今度は片手を地面におき片手で棒きれをのばす。・・・幾遍めかにがつっと音がして・・・彼は用心深く棒きれを地面におくと、探りあてたその石ころを・・・膝の間で、その左手に握っている・・・拳大のその石ころは、彼の左手から少しはみだし、それはまん丸い石ではなく、少しひょろ長い形をして・・・やがて彼は、非常に年とった人間が腰をのばして起きあがるように中腰になったが、左の掌に握りしめていた石を、重々しく空へむかってほうり投げたのである。そして、彼のこれまでの全動作の中ではもっとも素早く、両腕で棒きれを横に振りはなった・・・石はあらぬ方にごろりと落ち・・・それはあたらなかったのである・・・少年は静かに石の落ちた方に首をかしげ、彼のバットで、そろそろと地面をまた探し出す。
・・・ほかに動いているものはなにもなかった・・・草々や、樹々や、石ころにまじって私も呼吸をあわせていた。
ながい間をおいた気がしたが、私は近より、少年の名を呼んだ。
彼は非常に驚いて、ぽとりと棒きれを落とした・・・彼は立ちすくみ・・・まるで後ずさりに突進するように、戸口の内に入ってしまった・・・」(「苦海浄土」石牟礼道子)
まるで秘蹟のような真空であり、静寂であり、呼吸であり、不知火の海との区別がおかされている。
誰も見てはならない禁止の、その罰じるしは、他の誰にも見えないことの目じるしである。誰も見てはならないと禁止することで何か認識できるものがあるかの如くであるが、誰にも見られないようにすることはそのまま他の誰にも見えないことではないか。というのも、禁止をおして見たものは、見られないようにしたものではないのである。
陸に上がって乾燥に耐える系統発生的な器官の延長の含羞越しに見た真空は、「野球のけいこ」や「山中九平少年」といった中間突破や平均化に抗する突出では埋め合わせられない。


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