碧騒355 何も打ち消さない奇病
355 何も打ち消さない奇病
兎の糞を追跡する先で片方の耳が黒い子兎にでくわす、というように石牟礼は、狩猟の衝動の発作的転移としても(頭を掻くように)水俣病の症例を、微妙に違う昆虫を蒐集するように飽くまでも記録、保存する。それは、種として、微妙な差異の間に出現しては逃れ去るだけでなく、奇病の解明のために供せられてホルマリン漬けに「無心に」ひらく小脳のように「無心」に(隠沼、隠壷のように)花ひらいている。片方の耳が黒い子兎の存在が眠り込まないように石牟礼の目は大きくみひらいたままになる。
それは、視野狭窄とは逆に何も打ち消せない。そもそも、縁生や否定とは視野狭窄の技術のようなものであるが、この奇病は、不随意に機能する視野狭窄も機能不全としての視野狭窄も「舞う」ように何も打ち消さない。禅的なものは、舞う如き葛藤であり、何も打ち消せないのであるが、目が大きくみひらいたままであるのは模写発作としての目舞いの極点なのである。


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