Saturday, October 26, 2013

碧騒361 息衝き余る思いははれない

361 息衝き余る思いははれない  水俣病が公式に発見され、まるで砂の中に隠れていたおびただしい貝が砂煙をあげるように水俣病として認定され、この奇病が一律に均されて貨幣に換算され賠償されたとしてどうだというのか。はらわたが煮え繰り返る思いから耳鼻を削ぎ目を抉り皮を剥ぎ腸を引きずり出して八つ裂きにする、どんなに入魂の復讐も何か飽き足らず、埋め合わせることはなく、どうにも埋め合わせにはならないからこそせめて入念になるのであって、息衝き余る思いははれない。この思いはひたぶるがどうにもはらしようがなく、しかしどうにもはらさないではいられずに魂のゆく先がわからない。  二つの負目がある。害することの負目は償われるために一般化されるが、被害へ奇病へ呼び出されることの負目は、身代わりであるのに埋め合わせがきかない裂目、憤るように選ばれている裂目で、釘づけの身の捩れるゼス・キリシトのように範疇の頓挫である。  復讐は、この裂目を種と個に分割して、身代わりに埋め合わさせようとする足掻きである。というのも、裂目(の葛藤)は眠り込んでも、思いははれないというふうに魘され返すからである。

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