碧騒362 渾身の範疇、範疇の頓挫
362 渾身の範疇・範疇の頓挫
「苦海浄土」(石牟礼)に、「出魂」がはりついて、それは範疇として使い回せない。渾身の範疇ではあるが、それは範疇の頓挫なのである。それは入魂を打ち消しているのではないし、況して鎮魂などではない。石牟礼は、そこにいてそこにいない(恥ずかしくなるぐらいすぐそばにいる)幽霊の目で身を空しくして水俣病を記録し続けた。しかしそれは、水俣病事件史でも水俣病誌でも水俣風土記の別冊でもなく、調停や裁判や交渉、病理学的研究を通して一般化され収束する水俣病とは何か違う、どうにも一般化されない何かに導かれ、「ひとのゆかぬところまで高漂浪」くのであり、分類も本質も経験も届かない、何も打ち消されない中空に出て「海底(うなそこ)の所作」をとるのである。


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