碧騒364 何か異郷的
364 何か異郷的
彷徨わないための一般性、本質といった道は海底(うなそこ)から一度も離脱したことなどないのに不随意に連れ戻されて海底が気配づき、連れ戻されたかの如くであるためにこそ海底の気配は、異郷的である。それは、峠まで来て振り返り見る家郷のたたずまいが水底に沈んだように大気が変貌しているために立ちおどむ、その、思いがけない奇妙な落下が、家郷を離れたからではなく、方角を見失わないための道(日常性)が解けるからこその、その異郷感である。
器官の延長としてそれと知らず使いこなされている言葉が物に張りついて一般性が保持できない失語状態の、その異郷感は言霊と呼ばれている。それは、言葉と物の区別や、同一のものと同種のものとの区別がおかされる渾身の範疇・範疇の頓挫であり、言葉が言葉の本能(海底)にまるで連れ戻される如くであるために気配づく変貌である。しかし、彷徨わないために鎧う現在の惰性(擬態)と、現在の惰性が解ける底りの間に振動するのが言葉の本能であり、どちらかが本来的というのではなく、海底が姿を現わすざわめきが何か異郷的なのである。


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