碧騒369 太陽の発見、まつろわぬ太陽
369 太陽の発見、まつろわぬ太陽
秋成の太陽と宣長の太陽の論争が不毛であるのは、場所の外在的であることを秋成が代表し、内在的であることを宣長が代表しているが、その間の振動は、真と偽との間の振動ではないし、どちらが本来的であるかを問うのでもないからである。太陽の占める場所が外在的であることは太陽の光の発見、中間突破であるが、場所が太陽に内在的であることは中間突破の頓挫、その、まつろわぬ忽光はこの世の光ではない。秋成も宣長も、その興味と衝動は好んでまつろわぬモノに迫るが、この世の光と忽光の間の振動を、真かどうか、本来的かどうかの問と区別できない。


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