碧騒378 過ぎ去る衝動の違反
378 過ぎ去る衝動の違反
禍ツビと呼ばれる衝動はまつろわぬ衝動であり、さきはひを打ち消すというより、「物へゆく」衝動の違反である。直しさ(中間突破)を鎧う衝動の違反であり、物が場所を占めて直しさや重さや寿命を鎧って過ぎ去る衝動が胴震いして、中間突破できないのである。
「物へゆく」衝動が場所となって潜伏しないで、場所があふれ出す違反として現れるスサノヲの物語る衝動は、生贄であること(個や種や本質の頓挫)に向かうのであり、その分節と展開は猛禽類の鳥瞰すなわち椀と箸が漂い寄る「ちょうどその頃」の、隠沼の覚醒である。生贄であることの胴震い、たった一つの、しかももう一つの、という葛藤、おののきは即興性に由来するが、場所となって潜伏しない違反、場所の場所の浮上にそれは転写され、目の禊に由来するもう一つの(ツクヨミと呼ばれる窃視の)衝動に吹き替えられている。物語は、中間突破するようで実は、その果てしもない分節のために立ち竦んでいて、過ぎ去らない。この、過ぎ去る衝動の違反(胴震い)が、物語る窃視性である。
Leibniz 的な衝動は、この(スサノヲに繰り返し顕れる遡上の)窃視性が吹き替えられている。それは、鮭のように遡上して、種が暴れるのである。


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